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第16話 金剛力士の片鱗──出来る事なら逃げ出したい

「おい、ガキィ。お前、ビビってんのかぁ?」


スサノオは鉄喜の方へ向き直った。


「ああ.....怖えよ。あんたが、とんでもねえ神様だってことぐらいオレでも分かる......」

 鉄喜は震える体を押さえつけるように強く拳を握り下を向いた。


「軍神......その気になりゃオレなんか一瞬で殺せる......そうだろ?」


スサノオは、表情を変えず答えた。

「そうだ」


鉄喜は力が抜けてしまいそうな自分の膝を力一杯握った拳で支えた。


──逃げ出してえよ。

──出来ることなら、今すぐ。


こんな怪物、勝てるわけない。死ぬ。

わかってる。


「でもよぉ......」


 真剣勝負のタイマンを横取りされ、親友は倒れ、今度は師匠がやられる。

 鉄喜には、そんな状況を、ただただみていることができなかった。


 「ここで黙ってたら......大森鉄喜じゃなくなっちまう気がするんだわ。この状況でビビって何もできない......そんなの悪いけど......」


 目の前にいるスサノオは、一歩も動いていないのに、鉄喜の肺が押し潰されそうだった。

鉄喜は拳を握りしめたまま、ぐっと奥歯を噛み締めた。恐怖は消えない。軍神を前に消えるはずがない。足も震えている。


——でも、この一歩を踏み出さなきゃ。

——このままビビって見てるだけじゃ。


「大森鉄喜じゃ、ねえんだわあぁぁぁ!!」


スサノオは目を見開いた。鉄喜が叫んだ瞬間、一瞬金色のオーラが立ち上がったのを見逃さなかった。

「ほう。金剛力士か」


地面を踏む足裏に、確かな“重さ”が宿った。

スサノオに向かって突進する鉄喜の足の震えは止まっていた。

スサノオはニヤリと笑った──

「ただただ未熟。だが──」


視界から一瞬で消えたスサノオは、鉄喜の耳元で囁いた。

「──嫌いじゃねえ」


スサノオは優しく鉄喜の額にデコピンを当てた。

そのまま鉄喜は前のめりに倒れて動かなくなった。


スサノオは腰にぶら下げていた酒瓶を傾け、利蔵を振り返った。

「利蔵ぉ、つまらん過ぎて酔いが覚めちまったぞぉ」

利蔵は静かに頭を下げた。


「ちゃーんと、教育しとけぇ、利蔵ぉ」

「はい......」

「そのガキがぁ、神殺しとしてオレの前に立つならぁ、わかってるなぁ、利蔵ぉ」

「はい」


 またどこからともなく渓谷には太鼓の音が聞こえていた。

「オレァ、宴の続きに行くぞぉ、雑魚どもぉ」

「......」


 スサノオはフラフラと千鳥足で渓谷の奥に消えていった。太鼓の音が少しずつ遠くなり、やがて渓谷は静寂を取り戻した。


 利蔵は倒れた2人を優しく抱き寄せた。

「相手は最強の軍神だぞ。翔、鉄喜くん。2人とも立派だったよ」


 夕立渓谷、いつしかその空には満点の星空が広がっていた。

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