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第14話 夕立渓谷の喧嘩祭り


「さてと、今日のレッスンは次で最後。いよいよ実戦編だ!」

「うおおお、待ちに待った実戦かあ!師匠!この大森鉄喜、喧嘩なら誰にも負けやしません!オレの強さ、見てください!」

「オレに負けただろ」

「ああん?まだあれは勝負ついてないわ!師匠!実戦教えてください!」

「ガハハハ!では、移動するぞ!車に乗るんだ」

「移動?」


 翔、鉄喜は利蔵の運転する小さな車でしばらく揺られ、やがて町のハズレの渓谷の手前で停まった──

「さて、着いたぞ!」

「ここは...」


 舗装されていない道路の脇には澄み切った小川が流れ、反対側には絶壁が聳え立つ渓谷──

「まあ、いわゆる谷、だな。夕立渓谷って呼ばれてる」

「夕立...渓谷?」

「ああ、あの絶壁に雲がかかると必ず雨が降ると言われてて。だからそんな名前がついたって聞いたなあ」

「おおお、ここで修行ですか!燃えてきたあ!」

「ハハ、人目に触れたくないんでな」

「おお、秘密の特訓ですね!やりましょう!」

「......」

「フフ、では、始めなさい!」

「始めるって、何を?」

「ガハハハ、決まってるじゃないか!喧嘩だよ!」

利蔵の唐突な言葉に、鉄喜と翔は驚いて顔を見合わせた。

 利蔵は、両手を広げニヤリと笑った

「決着。ついてないんだろ?」


 悪鬼との出会い、自分がサニワだと知らされ、始まった利蔵のレッスン。気持ちが全く追いつかない翔は平静を装い無言に。

 一方、利蔵の突然の振りにも動揺することなく、ニタリと笑った鉄喜は、腹が決まっていた。

「いいんですかい?師匠の息子さん、本当にやっちゃいますぜ」

「いいぞ!鉄喜くん!遠慮することはない!」

「へへ、ありがとうございます!これからも親友としてやっていくには、これだけは決着つけとかなきゃな、翔!」

 いつものように思ったことを馬鹿みたいに真正面からぶつけてくる鉄喜に、翔は心の奥で小さな火が灯ったのを感じた。

「フン、とっくに決着はついてんだよ。でも......てめえがやりてえなら、何度でもやってやるぞ」


 利蔵は二人のやり取りを笑い、大声でタイマンの開始を叫んだ。

「ガハハハ!いいねえ、青春だねえ!それじゃあ、始めー!」


「いくぞ、翔!おおおりゃああ!」

 鉄喜はその剛腕を翔めがけて振り抜いた。

翔は無駄のない動きでひらりと鉄喜を避けると鉄喜のそのぶっとい腕を掴んだ。

 あの日の喧嘩と全く同じ展開だった。

「てめえは──ワンパターンで──つまんねえんだよおぉ!」

 翔が、その腕を背負い鉄喜を投げ飛ばそうと身を入れると、今度は鉄喜が即座に腰を落としてその投げを食い止めた。

「ばーか、オレが今日まで何も考えてこなかったとでも思ってんのかよ」

そういうと鉄喜はニタリと笑って、もう一方の手で翔のズボンを掴んで持ち上げた。

「なに!」

 小柄な翔を高々と持ち上げた鉄喜は、利蔵を振り返る。

「師匠、本当にやっちゃいますよ?」

 鉄喜の確認に利蔵はあっけらかんと言い放った。

「いいよー!やっちゃって!」


 鉄喜に持ち上げられ暴れる翔だったが、剛腕の鉄喜の手からは逃れない。

「悪いな、親友。流石に、オレの勝ちだ!おりゃあ!!」

 鉄喜はそのまま翔を思い切り地面に叩きつけた。

「ガハァァ!......鉄喜、てっ、めえ......」


 翔はすぐに立ち上がったが、叩きつけられた衝撃で膝が震え全身が痺れ、それ以上動けなかった。

 いまだ戸惑う翔と、すでに覚悟が決まっている鉄喜の差だろうか。

 翔の動きは明らかに精彩を欠いていた。そんな翔の腹に、容赦ない鉄喜の剛腕フックが襲う。

「グフッ!」

「親友!長引かせるつもりはねえ!このまま一気に終わらせるからな!オラァァ!」


 今度は下を向いた翔の顔面に渾身のアッパーカットを叩きこんだ。

「ゴボッ!」

 翔の体は浮き上がり、鼻血を吹き出しながら吹き飛び、仰向けに倒れた。

「よっしゃー!勝った!翔に勝ったぞー!!」

 鉄喜の叫び声が渓谷に響いた。

「師匠!」

「勝負ありだ!鉄喜くん!君の勝......ち?」

「ありがとうございます!ちょっとやり過ぎましたかね」


 利蔵は誇らしげな顔をする鉄喜をみてニヤリと笑い指差した。

「鉄喜くん、後ろ」

「ん?」

 大の字で倒れていた翔は顔を抑えながらフラフラと立ち上がった。

「おい、こら。誰が勝ったって?......」

「げっ!」

 鉄喜は慌てて利蔵を見ると、利蔵は静かにうなづいた。

「まだ、終わってないらしいね、鉄喜くん」


「おう、わかったぜ、翔!いくとこまで、いったらああ!」


 まだ足元のおぼつかない翔の両足目掛けてタックルを決めると馬乗りになった鉄喜。

「ちょっと痛えけど、なるべく早く終わらせてやる!気失うまでの辛抱だ!許せ!」


 鉄喜は馬乗りのまま、拳を振り下ろした。


「おら!おらぁ!」

非情なパウンドに、翔はなす術がなかった。


「......翔」

 見守る利蔵は、最悪の事態も覚悟して、拳を強く握りしめた。

 それでも、2人の喧嘩を止めようとはしなかった。

 息が切れた鉄喜は手を止めた。

「ハア、ハア、これで終わり......」


 鉄喜が力を抜いた瞬間、翔はその柔軟な体捌きで、スルッと鉄喜の下から抜け出すと、後ろに回り込み首に手を回した。

「え!?グッ......」

「終わらせるだと、でくのぼうが。終わるのは、てめえだ」


 翔は鉄喜の首を締め上げた──

「グゥゥゥ、翔......てめ......」

「これが終わりってやつだ」


「ウッ......ウ.......」


 翔がさらに強烈に締め上げると鉄喜の体から力が抜け、やがて鉄喜は失神した。倒れた鉄喜を見下ろす翔。

 利蔵が慌てて間に入る。

「勝負あり!てっ鉄喜くん、大丈夫か!?」


 利蔵が鉄喜に触れようとすると、翔はその手を叩いて遮った。

「おい、なに勝手に入ってきてんだ。これはオレの喧嘩だ」


 目を覚ました鉄喜の視界にぼんやりと2人の姿が映った。

「いやあ、もう気失ってんだから、これは」


 しかし完全に戦いのスイッチが入ってしまった翔はお構いなしに鉄喜の顔を思い切り踏みつけた──

「立て、でくのぼう。まだ終わらせねえぞ。てめえオレの顔一体何発殴った?1000発や2000発じゃ済まさねえ。」

「くっ、さすがだな親友。強いのは知ってたけど、そこまでタフだとは思わんかったわ。いいぜ......とことんやってやるぞ、翔!お前に殺されるなら、本望だ!」


 あらゆる格闘術を幼少期から翔に教えていた利蔵は、翔の強さに驚きはなかった。事実、中学に上がった頃からは、練習で圧倒される場面が増えてきていた。

 だが、鉄喜の消えることない闘争心には驚き、そして感心した。

「2人とも、さすがサニワだ。それに鉄喜くん...翔の純粋な闘争心に火をつけるのも上手い...」


 立ち上がった鉄喜は、両手を広げた。

「こいよ、親友」


 翔は身を低くかがめた──

「教えてやるよ、でくのぼう。パンチってのはなぁ、こうするんだよ。フン!!」


 その瞬間、鉄喜の視界から翔の姿が消えた──

 気付いた時には、翔の拳が腹に突き刺さっていた。

「はっや......」


 翔は鼻で笑い、膝をついた鉄喜を見下ろした。

「どうだ、本物のパンチは?」

 息が止まり喋れない鉄喜に冷徹な視線を送る翔。

「フン。次で決着だな。少しの間、夢見れたか?」


 翔は鉄喜の顔に拳を向け、ゆっくりと構え直した。

 利蔵が今まさに止めに入ろうとした時、渓谷の奥から不思議な音が聞こえた──


──ドン!


腹の奥が揺れるような不気味な音。

 気付けば空気が急に冷たくなり、渓谷の影が一段と深くなった。


 翔は拳を構えたまま、渓谷の奥に目をやった。

「ん?なんだ?」


鉄喜も翔に殴られた腹を押さえたまま、音のくる方を見つめた。

「たっ、太鼓?」


 その音を聞いて利蔵はなぜか安堵の表情を浮かべた。

「ふう......いらっしゃったか」


 遠くに響いているはずが、体の内側を打つような不思議な太鼓の音は、やがて渓谷の四方八方から響き渡り、こちらに近づいてきた。

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