表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/71

第11話 WILD BLOOD ──神託者か、神殺しか

 神社の境内──社殿の横にある苔むした岩に腰を下ろすと、山風がひゅうと吹き抜けた。湿った土の匂いがかすかに漂い、足元で枯葉がカサリと揺れる。

 翔は、自分でも気づかないうちに手を強く握っていた。


 あの日の“力と怒りの暴走”を思い出すだけで、背中に冷たい汗が流れる。


「翔や」


 光明がゆっくりと名を呼んだ。その声に、胸にあったざわつきが僅かに静まる。


「お主に宿った力、ワイルドブラッドについて、ワシが知っていること…そろそろ話さねばなるまい」


 翔は息をのんだ。光明はどこにでもいる老人のようでいて、ときおり底の見えない眼差しをする。まるで、何か大きなものの重さをその背中に負っているようだった。


「ワイルドブラッドとは、野生の血。その名の通り、この星の自然そのものが宿す“原初の力”じゃ」


「自然そのもの……?」


「そうじゃ。植物、動物、風、雨、火、そして大地。それらすべての振る舞いの源にある“意志”のようなものじゃな。それが、お主を通して姿を現す」


 光明の言葉に、翔は思わず周囲を見渡した。境内の隅で風に揺れる草、木陰で身をひそめる小鳥、さっき靴先に止まった蝶──。


「お主には昔から動物が寄るじゃろ。あれは偶然ではない。自然が、お主を“自分の側”だと感じておる証じゃ」


 翔は沈黙した。


「ワイルドブラッドを持つ者は、身体能力が爆発的に上がる。傷の治りも、目で追えぬほどの速さも、その怪力も、常人の理から大きく外れとる。──」


 光明は言葉を区切り、翔を正面から見据えた。


「悪鬼をも払う力が備わるがその力は──神をも伐つ。ゆえに神々は、ワイルドブラッドを警戒する。世界の均衡を乱す存在としてな」


 翔の胸が一瞬凍りついた。


「……神を?」


「ゆえに世界は、ワイルドブラッドを恐れ、求めもする。その力がどちらに傾くかで、未来が変わるからじゃ」


 そんな力を、自分が……?


 翔は胸の奥が締め付けられるように感じた。

 あの日、自分は制御できず暴走した。人を殺すことも出来た。

 世界の真実を垣間見て、自分だけが置いていかれたようで──

 ひとり、底無しの暗闇に立っている気がした。


「じゃがな、翔。力を怖れる心は間違いではない」


 光明の声が、驚くほど穏やかに落ちる。


「自然の力とは本来、善にも悪にも寄らぬ。火が人を豊かにする一方、それは人の生活を奪うこともある。その違いは人の使い方次第じゃろう?」


「……そうかもしれない」


「ワイルドブラッドも同じじゃ。その力、お主がどう使うかで世界は変わる」


「……オレ、またあんなふうになったら」


「なるじゃろうな」


 間髪入れず光明が答えると、翔は下を向いた。


「ワイルドブラッドは、自然そのものを宿すがゆえに、心の乱れはそのまま世界への乱れに繋がる。じゃがな──」


 光明は優しく笑った。


「不安になることもまた自然じゃ。お主の反応を見ておるとまさに自然そのもの。つまり正しいことじゃ」


 光明は立ち上がり、鳥居の方を指差した。


「お主の力は強大じゃ。世界の力の均衡すらお主の力で変えてしまうことが出来る。ならばその力を正しく使う責任もまた、お主にある」


翔ははっと顔を上げた。

「責任...」


「怒りでもない。悲しみでもない。まさにこの自然の境地に辿り着くことが出来れば──お主はその意味を知る」


光明は空を見上げた。

「じゃが、力に“向き合う”のは、お主一人では出来ぬ。助け合い、磨き合い、ぶつかり合うことで、お主はその術を知る。もしかしたら、ワシが知る以上の力を手にすることも出来るやもしれぬ」


 光明は視線を翔に落とした。


「お主は今、孤独に打ち震えておる。だが忘れるでない。ワイルドブラッドは自然の側にある。その自然は、決して孤独ではないぞ。世界のすべてと繋がっとる」


「世界の全てと…」


 光明は軽く息を吸い静かに言った。


「生命あるもの全てが特別であり、と同時に所詮は誰もが世界の一部に過ぎぬ。自然そのものが力であるワイルドブラッドを持つお主は、いずれそれを誰よりも知ることになる」


 翔は境内の木々を見渡した。


「全てが特別で、世界の一部…」


 そこへ──


「おおおーい! 親友よぉーい!!」


 息を切らしながら駆け寄る大男──鉄喜の姿があった。


「また、あいつか…」


 翔はこちらに向かって走ってくる鉄喜の笑顔を見つめた。

 呆れるほど真っ直ぐで、しかし──少しだけ心が軽くなった。


「お祖父様!いや、師匠!よろしくお願いします!」


「ほほほ、お主らの師匠はワシではない。」


「鉄喜くん!翔!」


 振り返ると、満面の笑みで拳を力強く突き出す利蔵の姿があった。


「お父…」


「お父様!し、師匠!よろしくお願いします!」


「おう!任せとけ!」


 光明は長い髭を撫でながら、晴れ渡る真夏の空を見上げ、ひとり呟いた。


「ワイルドブラッドは......お主から普通の日曜を静かに奪っていくじゃろうな。かつて存在したワイルドブラッドと同様に...」


光明は、夏空の向こうを見透かすように目を細めた。


つい数日前まで、ただの日常を生きていた二人の“運命の夏”が、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ