第24話『空に響く戦の太鼓』
夜が明け、王城はついに、恐慌と怒号が渦巻く「戦時」へと突入した。
早朝から招集された謁見の間は、すでに機能不全に陥っていた。
「地図を」
俺――レオン・シュヴァルトの声が、混乱の中心でクリアに響いた。
昨夜、セレスティアと二人きりで睨み続けた、あの地図だ。
兵士たちが慌ただしく広げると、俺はためらうことなくその前へ進み出た。
すでに、俺の頭の中では、敵の狙いも、こちらの打つべき手も、ほぼ固まっている。
その俺の動きを、フォルスト侯爵が血走った目で睨みつけた。
「陛下! なぜ、あの若造が仕切っているのですか! 戦の経験もない者に!」
俺は侯爵を一瞥もせず、国王へと向き直った。
「陛下。議論の時間は、もはや残されておりません。一刻も早く、決断を」
その傲岸不遜とも取れる態度に、侯爵が激昂した。
「陛下、お聞き入れなきよう! その若者の言葉は、確かに理路整然としておりましょう。しかし、それは机上の空論! 戦とは、兵の練度と数、そして伝統的な戦術の積み重ねで決まるもの! 奇策に国の命運を賭けるなど、博打と同じにございますぞ!」
侯爵の言葉は、旧来の価値観にすがる者たちの、最後の抵抗だった。
彼の言うことにも一理ある。だからこそ、厄介なのだ。
その時だった。
「――もう、たくさんです」
凛とした声が、謁見の間の空気を凍らせた。
セレスティアだった。
彼女は、昨夜の疲労など微塵も感じさせない、王女としての威厳をまとって一歩前へ出た。
「今は、過去の栄光にすがる時ではございません」
その声は、もはやか細くなく、確かな意志を宿していた。
彼女は、俺へと向き直る。
その青い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いていた。
「お願い、レオン。あなたの知恵を、この国に……いえ、“私”に、貸してちょうだい。あなたのその目で、私に希望を見せて……」
彼女の、公と私の間で揺れる、魂の懇願。
それが、この場の全てを決定づけた。
俺は、彼女の覚悟に応えるように、地図の一点を力強く指さした。
「敵の狙いは、砦そのものではない。砦を囮にして、我が国の主力軍を誘き出し、この谷で殲滅すること。彼らは、短期決戦を狙っている。おそらく、カザリナ国内に、**『今、勝たねばならない』**切羽詰まった理由がある。彼らは焦っている。そして、焦りは、我々にとって最大の好機です」
謁見の間が、今度こそ水を打ったように静まり返った。
国王陛下が、玉座からゆっくりと立ち上がった。その瞳には、迷いはもうない。
「国家とは、時に“若さ”という名の博打に、全てを賭けねばならん時があるのだ」
陛下は、腰の剣に手をかけた。
「レオン・シュヴァルト! これより、そなたを臨時軍師に任ずる! 我が軍の一部を預けるゆえ、直ちに出陣し、カザリナの野望を打ち砕いてみせよ!」
「陛下!」
侯爵の悲鳴は、もはや誰の耳にも届かなかった。
俺は、静かに片膝をつき、頭を垂れた。
「――御意」
顔を上げた俺の視線の先で、セレスティアが、安堵と、そして熱のこもった信頼の眼差しを、真っ直ぐに俺に向けていた。
(やれやれ……)
定年後は、田舎でのんびりスローライフを送るはずだったんだがな。
どうやら俺の人生、まだしばらくは、刺激的な毎日から解放されそうにないらしい。
国王の「出陣せよ」という言葉が、新たな戦いの始まりを告げていた。
俺は、頭の中で、これから始まる「戦争」という名の巨大なプロジェクトの、最初のタスクリストを組み立て始めていた。
今日のざまぁ格言:
『会議で一番うるさい奴は、だいたい最初に逃げ出す』
【次話予告】
第18話「社畜は軍師になった」
『地形も兵も混乱している? なら、好都合だ。全て“利用”すればいい。
……無駄を価値に変える、それがプロの仕事というものだ』




