第22話『混乱の朝、静寂の中で地図は語る』
祝宴の熱気が嘘のように、王城は夜明け前の冷たい静寂に包まれていた。
だが、それは死んだような静けさではなかった。
窓の外を見やれば、城壁の松明の光が不規則に揺れ、命令系統を失った兵士たちが、目的もなく右往左往しているのが見える。
混乱は、音を失い、より深く、底なしの沼のように広がっていた。
俺――レオン・シュヴァルトは、自室の椅子に深く腰掛け、その光景を静かに眺めていた。
城内からは、断続的に怒声が聞こえてくる。
紙束を抱えた伝令たちが、廊下を走り回り、すれ違い、また引き返していく。
「どこから攻められているのだ!」「砦はまだ持つのか!?」「誰が指揮を執る!」
誰もが問いを発するだけで、誰も答えを持っていない。
(……システム障害発生時の、典型的な初動だな。誰も情報の整理役を買って出ようとしない。まるで、ハンニバルにローマの元老院がビビり散らかしてた頃と同じじゃないか)
俺は席を立ち、書斎の棚から一枚の羊皮紙を取り出した。
この国の、詳細な軍事用地図だ。
埃を払い、大きなテーブルの上に広げる。
ピンと張り詰めた羊皮紙が、静かな部屋に微かな音を立てた。
砦の位置、補給線、そして敵軍の侵攻が報告されたライン。
俺は、指でゆっくりと、その赤い線をなぞっていく。
フォルスト砦。カザリナ王国。そして、その先にある『霧の谷』。
(フォルスト砦を落とす意味は、確かにある。だが、筋が通らない。まるで、補給線を自ら切断するような動き――それが、どうして合理的な一手になり得る? なんだこの初見殺しのクソマップは。開発者は何を考えてる?)
思考が、深い霧の中を彷徨う。
答えはまだ見えない。
だが、この地図は、雄弁に「違和感」を語りかけていた。
敵の進軍ルートは、最短距離を無視して、不自然に南へ迂回している。
まるで、何かを避けるように、あるいは、何かへとおびき寄せるように。
その時、控えめなノックの音がした。
「……レオン? 起きていますか?」
セレスティアだった。彼女は、侍女も連れず、一人でそこに立っていた。
その顔には、王女としての気丈さと、眠れぬ夜を過ごしたであろう少女の疲労が、危ういバランスで同居していた。
「眠れなくて。……この国を守るために、誰かが真実を見つけなければならないと思って。あなたの部屋に、まだ灯りがついているのが見えたから」
その言葉には、もはや単なる依存の色はなかった。
共に戦おうとする、か細くも、確かな意志の光があった。
俺は、彼女をテーブルへと招き、地図の一点を指さした。
「見えるのは、“地形”と“補補給線”だけですよ。王女殿下」
そして、俺は続けた。
「でも、戦において、それだけで十分なこともある。どんなゲームも、最後はリソース管理だからな」
その言葉の意味を、彼女はまだ理解できないだろう。
だが、俺の静かな声と、地図を睨む真剣な眼差しに、彼女は何かを感じ取ったようだった。
その青い瞳に、確かな信頼の光が宿るのを、俺は見逃さなかった。
夜明けは、まだ遠い。
この国が、本当の戦火に包まれるまで、あと数時間。
だが、俺の頭の中では、すでに静かな戦いが始まっていた。
この一枚の地図の上で、俺は、まだ誰も気づいていない、敵の本当の顔を探し続けていた。
今日のざまぁ格言:
『パニックの大きさは、有能な中間管理職の不在に比例する』




