第21話『会場騒然!伝令『隣国軍、国境を突破!』
嫁選抜戦がどうなるか、気になっていましたか?
残念ながら、歴史は、個人の都合を待ってはくれない。
戦の鐘が鳴る時、全ての物語は、一度、中断されるのだ。
王城の大広間は、甘美な熱気に満ちていた。
“春の祝宴”と名付けられたそのパーティは、貴族たちの虚栄心と社交辞令が入り混じる、煌びやかな戦場だ。
弦楽器の柔らかな音色、香水の甘い香り、そしてシャンパンの泡が弾ける微かな音。
俺は、そんな華やかさとは無縁の壁際の席で、一人、グラスを傾けていた。
「あら、随分と隅っこがお好きなのね、英雄様?」
聞き覚えのある、少し棘のある声。悪役令嬢リリアン・ド・フォルディナが、勝ち気な笑みを浮かべて俺の隣に立った。
「騒がしいのは苦手でね」
「ふん。……最近、国境方面の動きが静かすぎるのよね。まあ、ここにいる殿方たちは、気づかないフリがお上手なようだけど」
彼女は、俺の目を見て、挑発的に続けた。
「あなたの隣は、案外、静かで悪くないわ。次に会うときは、もっとマシな場所で“勝負”してあげる」
その言葉に、俺が何かを返す前に、会場の空気が一変した。
扉が開き、月の光を編み込んだかのようなドレスをまとったセレスティア・エルグレイスが現れたのだ。銀色の髪がシャンデリアの光を反射し、その場にいる全ての人間が、息を呑んで彼女に見惚れた。
やがて、喧騒から逃れるように、セレスティアが俺のいるテラスの近くへやってきた。
「レオン。楽しんでいますか?」
「ええ、まあ。人間観察は飽きませんから」
彼女はくすりと笑い、夜空を見上げた。
「この平和が、ずっと続けばいいのに……。でも、レオン。なぜでしょう。今宵の月は、まるで血の色を隠しているかのように、白すぎる気がするのです」
その言葉に、俺は同意せざるを得なかった。
心の奥で、ずっと警報が鳴り響いていたからだ。
(……違和感がある。国境の定期報告が、ここ数日、妙に定型的すぎる。静かすぎる。嵐の前の静けさ、というやつか……)
その、刹那だった。
ゴォン……!
不規則で、腹の底に響くような、重い鐘の音。
弦楽器の演奏が止まり、貴族たちの陽気な笑い声が途切れる。
「おや、誰か酔っ払いが……」
誰かの冗談は、二度目の鐘にかき消された。
ゴォン! ゴォン!
三度と続く乱打に、会場の空気が凍りつく。
その静寂を切り裂いて、武装した城兵が、血相を変えて大広間に駆け込んできた。
その鎧が立てる金属音が、やけに大きく響く。
「緊急伝令! 緊急伝令にございます!」
城兵は、国王の御前で片膝をつくと、絞り出すような声で絶叫した。
「隣国カザリナ王国、宣戦布告なく国境を突破! 第三守備隊、すでに壊滅! 要衝フォルスト砦、現在、敵本隊の猛攻にあり、陥落の恐れありとの報せ!」
一瞬の、完全な沈黙。
次の瞬間、世界は音を失い、そして、爆発した。
女貴族の甲高い悲鳴が、シャンデリアを震わせた。
誰かがテーブルにぶつかり、銀の食器が床に散らばる甲高い破壊音が響く。
我先に逃げ出そうとする男たちの怒号が飛び交い、誰かが転倒し、踏みつけられ、新たな悲鳴が上がる。
さっきまでの優雅な宴は、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと姿を変えた。
(おいおい、完全に“大規模システム障害発生時の炎上会議”じゃねぇか……)
俺は、混乱の渦から一歩下がり、冷静に状況を観察していた。
そして、誰にも気づかれぬよう、そっと一歩、前へ出た。
地図だ。まずは正確な情報が必要だ。
その、俺の僅かな動きに、ただ一人、気づいた者がいた。
セレスティアだ。
彼女は、パニックに陥る群衆の向こう側で、俺を見ていた。
“王女”としてではなく、ただ“一人の人間”として、助けを求めるように。
その視線が、俺に覚悟を決めさせた。
俺は、彼女だけに聞こえるように、静かに、しかしはっきりと呟いた。
「……始まったか」
そして、心の内で付け加える。
(定年まで、あと2年。平穏なスローライフ? ……そんなものがこの世に本当にあるのなら、一度でいいから、見てみたいもんだ)
戦の鐘は、鳴り響いていた。
俺の、ありもしない平穏な日々の終わりを告げるように。
今日のざまぁ格言:
『宴が長引くほど、後片付けは地獄になる』
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
驚かれたかもしれません。
しかし、これが、この物語が本当に描きたかった「戦い」の始まりです。
嫁争奪戦は、終わりました。
これより始まるのは、国の存亡を賭けた、本物の戦争です。
主人公の本当の力が、今、試される。
次回、第22話「混乱の朝、静寂の中で地図は語る」




