表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

第15章:帰郷、そして旅立ち

 それは、旅の終わりであり、始まりでもあった。

 新世界樹〈エル・リュミエル〉が芽吹いてから、ちょうど一ヶ月。王都フィルディナでは祝祭が続いていた。

 世界中から旅人が集い、王宮広場には市場が立ち並び、街には歌と笑いが溢れている。

 だが、その喧騒の裏で——ひとつの別れが、静かに始まろうとしていた。

     ◆ ◆ ◆

 「……そろそろだな」

 世界樹の根元に立つ拓実は、深呼吸をひとつした。

 利奈が、光る計測器を片手に近づいてくる。

 「観測データは一致。新世界樹の“選定機能”が働いたようね。“異界から来た者の帰還条件”を満たしたあなたに、門が開かれる」

 「つまり……“学び終えた”ってことか」

 「ええ。世界が、あなたの帰還を認めた」

 そう言って、利奈はすっと一歩引く。

 代わって歩み寄ってきたのは、雄介だった。

 「なあ拓実。戻ったら、まず何がしたい?」

 「……親に謝る、かな。“事故で死んだ”と思わせちゃったから」

 「そっか。なら、“生きてたってこと”だけは、ちゃんと伝えないとな」

 「うん……ありがとう。いろいろ教えてくれて、叱ってくれて」

 雄介は笑った。

 「俺は何もしてねえさ。ただ、背中を預けられる仲間が増えた。それだけで十分だ」

     ◆ ◆ ◆

 「拓実くん……これ、持ってって」

 そう言って、愛佳が小さな魔導石のペンダントを差し出す。

 「私の“魔力印”を刻んでおいたの。もしまた何かあったら、使っていいから」

 「ありがとう……すごく心強いよ」

 「ふふん、当然でしょ?」

 その後ろで、颯汰が言った。

 「俺も渡したい物がある」

 彼は、自分の使い込んだ手綱を差し出した。

 「これは、ルゥメルの“絆の証”。竜と対話した記録でもある。“拒絶しない心”を、忘れるなよ」

 拓実はそれを、両手で大事に受け取る。

     ◆ ◆ ◆

 そして——最後に、心花が現れた。

 彼女は、そっと微笑んだ。

 「……ここで、お別れだね」

 「うん。でも、“もう一度会える”気がする。きっと、また世界が繋がるから」

 「私も、そう思ってる。だから、約束しよう?」

 彼女は手を差し出す。

 「“次に会うときは、並んで歩く”って」

 拓実は、その手を強く握った。

 「……約束する」

     ◆ ◆ ◆

 新世界樹の根元に、光の門が開く。

 その向こうには、見慣れた日本の町並みがあった。中学の制服、踏切の音、そして夕焼けに染まる坂道——あの日と変わらない景色。

 「じゃあ、行ってくる」

 拓実は、最後に振り返って手を振った。

 全員が、それぞれの形で応えた。

 そして——彼は、一歩を踏み出した。




 ふたたび足元がアスファルトを踏む感触に変わった瞬間、拓実は思わず立ち止まった。

 目の前には、見慣れた街並みが広がっていた。

 自動販売機の音。部活帰りの学生たちの笑い声。家々の窓からこぼれる明かり。見上げれば、街灯がぼんやりと夜を照らしている。

 「……ただいま」

 ぽつりと呟いた言葉が、自分でも驚くほど自然だった。

     ◆ ◆ ◆

 その夜、拓実は自室の布団に寝転んでいた。

 机の上には、愛佳からもらった魔導石のペンダント、颯汰の手綱、そして世界樹の葉を模したブローチが並んでいる。

 スマートフォンを開くと——連絡が大量に入っていた。学校、両親、警察……事故から一ヶ月間“失踪扱い”になっていたことが記録に残っている。

 「夢だった、なんて思えるわけがないな……」

 枕元に手を伸ばす。

 そこに置いてあったのは、一冊のノートだった。拓実がレーヴェリアで見聞きしたすべてを書き残した、旅の記録。

 表紙には、たった一言——

 《勇導士ノ記録》

 と記されていた。

     ◆ ◆ ◆

 次の日。

 拓実は制服に袖を通し、いつもの通学路を歩いていた。

 交差点で信号を待っていると、横を通りすぎる子供が手にしていたのは、小さな“フリスビー”。

 ——あの日のことを、思い出す。

 高架歩道、秋風、突き飛ばされた少年、そして——落下の瞬間に広がった魔法陣。

 もしあのとき、レーヴェリアに行かなければ——今の自分は、きっといなかった。

 「……ありがとな、世界樹」

 思わず呟いたその瞬間——風が吹いた。

 柔らかな、どこか懐かしい香りのする風。

 ——その中に、聞き覚えのある声が、混じっていた気がした。

 『……拓実——』

 「……え?」

 振り返る。誰もいない。だが、どこかで確かに、心花の声が聞こえた気がした。

 そして、その時だった。

 彼の足元に、うっすらと光が集まった。

 「……これは——」

 魔法陣。

 淡い金色の紋様が、地面に浮かび上がる。

 世界樹が開いた、“再びの門”。

 ——物語は、終わらない。

 拓実は、笑った。

 「よし、もう一度だけ、行ってくるか」

 そう言って、彼は再び、光の中へと飛び込んだ。

 旅は続く。

 信じ合う仲間と共に。

(第15章 完・シリーズ完結)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ