第11章:愛佳、忘却の檻
砂漠の図書館跡地、最深部。
源晶を手に入れたその瞬間だった。天井から静かに崩れ落ちてきた砂が、まるで意志を持つように空間を閉ざしていった。
「……愛佳が、いない……?」
ふと気づくと、そこにいるはずの愛佳の姿が、まるで“最初からいなかった”かのように消えていた。
「さっきまで、確かに、すぐそばに……」
「名前は? フルネームは? 顔、覚えてる?」
レクシーが拓実に問いかける。彼は、言葉に詰まった。
「……顔は……くっきり、浮かばない……でも、言葉は覚えてる。“アンタはバカ”って……よく言われてた」
「それ、かなり覚えてるってことじゃん」
ふっと、誰かの声が空間に響いた。
◆ ◆ ◆
一方その頃、愛佳は“忘却の檻”の中にいた。
それは、真っ白な世界だった。上下も左右も曖昧な空間。何もない、はずなのに、何かを“思い出せない”という苛立ちだけが、確かにそこにあった。
「……なにこれ……私、なにしてたんだっけ?」
誰かと話していた気がする。怒鳴っていたような、笑っていたような。けど、思い出せない。
「——この世界は、“印象に残る者”を糧に封印を強める」
どこからか、機械のような声が響いた。
「お前は、確かに強烈な印象を残していた。ゆえに、誰より深く、誰より強く、ここに囚われる」
「ふざけんな……あたしは、そんな“印象残したくて”言ってたんじゃない……!」
叫ぶ声が、虚空に吸い込まれていく。
◆ ◆ ◆
現実世界。拓実たちは、愛佳の存在の“輪郭”を思い出すため、記憶の断片を繋ぎ合わせていた。
「愛佳がいた日だけ、訓練場の床が爆発してた」
「彼女が言う『覚えとけよ!』は、脅しじゃなくて“予告”だった」
「でも、誰よりも人を見てた。仲間の悩みを察して、いつも怒りながら助けてくれた」
利奈が言った。
「——彼女は、“記憶されるために生きてた”んじゃない。“忘れられないほどに、誰かを救ってた”」
レクシーが頷く。
「記録じゃない、痕跡でもない。印象——“心に刻まれた存在”」
その時、拓実がそっと、手のひらを伸ばした。
「——俺たちは、ちゃんと、君を覚えてるよ」
彼の声が、檻の中に届く。
◆ ◆ ◆
「……誰かが、呼んでる?」
愛佳は、白い空間の中で立ち上がった。何もないはずの足元に、一筋の光が差し込んでいる。
「思い出して……? 私を……?」
その瞬間、拓実の声が、はっきりと響いた。
「お前の言葉、全部、俺の中に残ってる。“単独行動すんな”って言っただろ。俺、それ、今もちゃんと守ってる」
「……バカ……ほんとに、素直すぎ……」
ぽたりと涙がこぼれた。
「でも、ありがと……」
その言葉とともに、空間が光に包まれていく。
拓実の目の前に、光の粒が集まり、形を取り戻していく。
「……ったく、記憶から消されるって……どんな罰ゲームよ」
現れたのは、笑いながら涙をぬぐう、いつもの愛佳だった。
「おかえり、愛佳」
「ただいま。……よく思い出せたね、バカ拓実」
(第11章「愛佳、忘却の檻」完)