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届けて☆ディージェイ!  作者: あねむん
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[EP.1-4]音の境界線

ソニックデュエル―――


かつてはプロの舞台か一部マニアの競技だったこの技術は、今や街の風景と一体化している。


朝の通勤ラッシュの駅広場に、サラリーマンの耳に添えるBGM。

放課後の空き教室で好きなラッパーのバトルを観戦する女子高生たち。

高齢者サロンでは、70代の女性たちが懐メロにサイドチェインかけて笑い合う光景もあるという。


これは誰にでも開かれた音の闘技場。

スマート端末と少しの空間さえあれば、いつでも「自分だけのステージ」が出現する。


その技術の源流は、十数年前に開発された**仮想音響拡張フレームワーク『Reso』**にある。

Resoは元々、医療分野で開発された感応解析技術で脳波や心拍に反応する音響療法に使われていた。

患者の情動や集中を読み取り、音で補助・刺激するインターフェースとして注目された。

その後、感情と音楽をリンクさせる応用が進みエンタメ業界に転用。


個人の「響き」を可視化・対話化する手段———

その応用形態のひとつが、対戦型即興演奏プラットフォーム=ソニックデュエルだった。


* * *


夕暮れの光が路地裏にやわらかく差し込み、長く伸びた影の中で空気だけがまだ熱を帯びていた。

さっきまで小さな人だかりで埋まっていた場所も、太陽が沈むのと同じ速さで静けさを取り戻していく。


ソニックデュエルの熱戦を終えた玲子、ルミナ、そして慶人が、その場に立ち尽くしていた。


「君の歌声、玲子ちゃんの曲と相性抜群だったぜ。名前、なんて言うんだ?」

慶人が笑いながら問いかける。


ルミナは少し頬を染め、口元だけで笑った。

「ルミナだよ。それよりも……」


その横で、玲子は眉を寄せて頭を押さえていた。

夢の中で会った人物が、いま自分の目の前にいる——。


「大丈夫か? 久しぶりすぎて電子酔いでもしたか?」

「……大丈夫です。ちょっと、頭の整理を……」

「そうか。——なぁルミナちゃん、どこから来たんだ? 外国の人だろ?

 それが玲子ちゃんと顔見知りってことは……まさかファンか?」

ルミナ「質問多すぎだよ……」


ルミナは苦笑し、慶人の質問を軽くいなした。

「質問多すぎだってば」


——私も聞きたい。この子は一体……。

玲子が一歩前に出て、真っ直ぐ慶人を見据えた。


「先輩、バトルありがとうございました。でも……あたし、このバトルは勝ったつもりないんで。

 この曲はまだ未完成。完成させたら、もう一度——あたしとバトルしてください」


慶人は口の端を上げた。

「……納得してない、か。いいな。それでこそ潰しがいがある。——またやろうぜ」


それだけ言うと彼は手を振り、夕闇へと歩き去っていった。

静かな路地に残された玲子は小さく息を吐き、ルミナの手をそっと握る。


「ちょ、ちょっと玲子?」

「いいからついてきて」


二人は並んで歩き出し、街へと溶けていった。


* * *


街灯がぼんやり灯りはじめた通りを歩き、二人は小さなスイーツ屋の扉を開けた。

店内は温かな光と甘い香りに包まれていて、安心感があった。


玲子はメニューをさっと見て、迷うことなくパフェを二つ注文した。


やがて運ばれてきた大きなパフェは、色とりどりのフルーツとクリームが層になり、

透明なグラスの中で宝石のように輝いていた。


ルミナがスプーンを口に運ぶと、その表情がぱっと明るくなった。

「わぁ……甘くて冷たくて……こんなに美味しいものがあったんだね!」


玲子は微笑みながら、自分のパフェをじっと見つめた。

ルミナのはじめての体験に触れられるのが、なぜか胸を熱くした。


しかし、ふと視線を落とし、玲子の表情は少し曇る。

「ねぇ、ルミナ……どうしてあなたはこの世界に来たの?

 あなたは夢の中にいた人のはずで……。それに、どうやってここに?」


ルミナは少しだけ眉をひそめ、そして少し照れたように笑った。

「あの男の人と同じ質問じゃん……。玲子の曲に“聞き惚れた”から。そんな理由じゃダメ?」


玲子は眉をひそめ、少し声を強める。

「そんなの理由にならないよ! わけがわからない……」


ルミナは静かに視線をそらし、やわらかく答えた。


「……わからなくてもいいんじゃないかな。

 私はあのバトルで、玲子の曲が好きになった。 それが会いたくなった理由。

 音楽が好きな者同士に、阻む理由なんて必要ないんじゃない?」


玲子はその言葉に戸惑いながらも、しばらく黙り込んだ。

問い詰める気持ちと、ルミナの言葉が胸の中で揺れている。

そしてふと、目を離した隙に。


ルミナの姿は、まるで風に溶けるように静かに消えていた。

玲子は驚いて辺りを見回すが、そこにはもう、あの少女の影はなかった。

ただ、胸の奥に温かい歌声だけが、まだ静かに響いていた。

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