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届けて☆ディージェイ!  作者: あねむん
4/5

[EP.1-3]ソニックデュエル

放課後。ホームルームが終わると同時に玲子は教科書を鞄に詰め、優奈と共に昇降口へ向かった。

「ねぇ、さっきの曲さ、やっぱり文化祭で流してみたら? 本番でも絶対イケるって」

「うーん、でもまだ試作だし……ボーカル抜けたままだしね」

「それでも、あんたの曲ならみんなアガれるよ。あたしが保証する!」


自信たっぷりに胸を張る優奈を見て玲子は思わず笑ってしまった。

「ありがと。でも、もうちょっとだけ煮詰めたいんだ」


校門の前で別れの時間が来ると優奈は手を振って背を向けた。

「じゃ、また明日ねー!」


玲子も手を振り返し小さく息をついた。気持ちは少し軽かった。

音楽をまた好きだと思えて、誰かに褒められて――少しだけ歩く足取りが軽くなる。


* * *


夕暮れの裏通り、駅へ向かう玲子の足がふと止まる。

ビルの谷間に立つ黒ずくめの影。


「よう、玲子ちゃん。久しぶりだな」


乾いた声がビル壁に反響する。七海が初めて野良デュエルで倒した男子大学生、綾小路 慶人。

そして……お姉ちゃんを付け回していた、ご近所さん。


「……慶人先輩、お久しぶりです。……あたしに何か用ですか?」

玲子の声は静かだったがその奥には確かな緊張と警戒があった。

慶人は薄く笑いスマホをかざす。


「“Player”として、ちょっと気になってな。

 七海の妹が曲を作ってるって知って、じっとしていられなくてさ」

「……どこでそんな話を」


慶人はスマホを片手に取り出し、指で画面をスライドさせて見せつける。

「“フレンド共有”だよ。お前、七海とフレンドだろ? 俺も七海とフレンドだった。

 公開設定……甘かったな。俺のフィードには確かに表示されてた」

「えっ……うそ……マジだ……非公開になってない……!」


玲子の顔から色が引く。すぐにスマホを取り出し、設定を確認する――公開状態。

「……っ、ありがとうございます……直します……」

「いや、今日はそれだけが目的じゃない」


慶人がスマホをくるりと回す。その画面に鮮やかに光る『ソニックデュエル』の起動画面。

電子音がビルの谷間に響いた。


「七海の妹が作った曲がどんなもんか。俺の目で確かめてやろうって思ってな。

 詰める芽は早めに摘んどく主義なんだよ。悪く思うなよ。」


玲子の手が止まった。息が詰まる。


「ソニックデュエル……?! 待ってください! あたし、勝負なんてつもりは——!」

「じゃあその曲は誰のために作った?七海への鎮魂歌か?それとも、自分を慰めるための逃げ道か?」


その言葉は玲子の胸をえぐった。

玲子は何も言い返せず、唇を噛む。


七海のこと。自分のこと。ぐさぐさと突き刺してくる言葉。

だけどどれも的を外してはいない。だからこそ、痛い。


もしかしたら、自分は——この曲に、未練を込めてしまっていたのかもしれない。


ここで慶人先輩に敗れてしまえば、音楽への未練もきれいに終わるのかも。

そんなことすら思ってしまった。


「……いいよ。やってやりますよ。あたしに“あたしの限界”を教えてくださいよ、先輩」

「そうこなくっちゃなぁ!Playerなら当然受けるハズだ!なぁに、野良モードでやぁってやるぜぇ!」


玲子もソニックデュエルを起動しバイザーを装着する。


壁面はブラックライトのように鈍く光り、空中にはLEDのような光の粒が舞う。

足元には音の波形を模したラインが広がっていた。

路地裏が玲子と慶人、二人の音楽のための“ステージ”へと書き換えられた。


試作トラック、未完成。ボーカルパートも抜け落ちたまま。

でも、今の自分でできるところまでやってやる。


玲子の周囲に仮想DJ機材が展開され、ビルの谷間にまた新たな音のバトルフィールドが姿を現す。


——ソニックデュエル、On Stage!!


綾小路 慶人が放ったのは無骨なチップチューン。

矩形波が正確に刻まれ、ベースは駆け上がるように跳ねる。

極端なハイパススネアが鋭く、音の刃となって玲子に突き刺さる。


慶人のアタックは完全に“技術”の塊だった。

矩形波が正確に四分で刻まれ、ベースは高速で階段状に上下する。

ハイパスで刈り込まれたスネアが、骨に響くような硬質な音像で玲子のフィールドに食い込む。


まるで、音楽を“殴る”ために構築されたようなトラック。

装飾は最小限。そのすべてが“計算され尽くした機能美”に貫かれていた。

聴く者の感情を置き去りにして先へ、先へと進んでいく。


「うっわ、耳が痺れる!でもクセになる!」

「なにあれ、ガチだ……迫力えぐ!」


路地裏の入口、気付けば二人のバトルを見つけた通りすがりの高校生たちが立ち止まっていた。


玲子は静かにヘッドホンを直し、キックを落とす。

滑らかなベースラインが、路地裏の空気を一変させた。


まるで水の中を進むような感覚。

ふんわりと包み込まれるようなコード進行が慶人の攻撃的な音を、柔らかく受け止めていく。


「あの"DJ Echo"の曲……ピアノの組み合わせがめちゃくちゃ耳に優しい……」

「そうだけど、やっぱ頭にガンガン響く"DJ 8"の曲がいいね~」


玲子は目を閉じ、ミキサーに指を走らせた。

曲の中盤、静寂のブレイク。ベースが一度途切れ、代わりにノイズ混じりのスネアが浮かび上がる。

その一瞬、空気のすべてが玲子のものになる。


――ドン、ドン、ドドン!


音が返ってくる。慶人がスクラッチで対抗、鋭いリードシンセを叩きつけてきた。

まるで電子のナイフを投げつけるかのような音の連射。


玲子はその攻撃の隙間に自分のハーモニーを差し込む。

だが、慶人の反撃は止まらない。グリッチノイズ、スウィングの破壊、アルゴリズムの歪み——

ヘッドホン越しからDJ 8の声が聞こえる。

「はっ!ボーカルパートが寂しいぜ!それが七海の妹の実力なのか?!」

「くっ……!」


七海、七海——いちいち癪に障る。

トップに名を馳せると一目置かれていたお姉ちゃん。

圧倒的に自分の音楽の技術力と、姉の能力など歴然であって、


あぁ――そうか――

あたし、姉と比べられるのが嫌だったんだ――


「ノイズでごまかしてんじゃねぇ……ほらよっ!」

グリッチ混じりのグルーヴが、破裂音のように玲子のトラックを揺らす。

不安定なリズムにスウィングの崩しを混ぜ、まるで“バグ”すら意図したような構成で押し込んできた。


玲子の音が一瞬、たじろぐ。


「くっ……あたしの、音が……」


構築の隙間を突かれ揺らいだバランスが乱れる。

ベースが一瞬遅れ、コードがタイミングを見失いかける——


そのときだった。

風が流れた。誰かが、玲子の背後に降り立つ音。


「玲子、一緒にあいつに勝とうよ!あなたの曲、こんなところで止めちゃダメ!」


もう忘れ欠けていたのに、その姿を見せることはないと思っていたのに。

そこには夢の中で出会った女の子——ルミナの姿があった。


「えっ??……ルっルミナ??」

「この曲、歌がないなら私が代わりに歌ってあげる!」


ハイシンセとボイスチョップが、玲子のトラックに重なる。

ピアノに空の旋律が重なり、音が一気に“開けて”いく。


初めて歌うはずなのに、初めて聞く曲のはずなのに、自然にルミナの声が重なっていく


「っ……すご……っ」

「誰?あの飛び入りの女子……声、音、まるで曲が膨らんでく……!」


玲子は目を見開いた。だがすぐに理解する。

ルミナは、玲子の足りなかった“熱”を補っている。

音の表現として抜け落ちていた感情の高揚を、彼女のパートが補完しているのだ。


「……っ、ルミナ……ありがとう……!」


二人の音が溶け合う。ローズピアノに、空を翔けるボイスが乗る。

“海”と“空”が重なり合い、新たな風景を描いていく。


慶人は顔をしかめる。

「なんだよ、二人掛かりかよ……でも——それでも、やれることはある!」


慶人は最後のフェーズを叩き込む。

アルペジエーターが発狂したように上下に飛び、矩形波は倍速で細かく揺れる。

波形が暴走し、まるで機械が咆哮するようなトラックが二人の音をかき消しにかかる。


——しかし、玲子は負けなかった。


玲子は静かに手を動かす。ルミナの旋律を受け止め、中心にピアノのリフを据える。

コードは降下しながらも、最後まで光を失わない。


(これが、私の音楽。誰かの影じゃない——あたし自身の、音)


リズムに合わせて誰かが手を叩く。それにもう一人、そしてもう一人。

小さな路地裏に小さな拍手が広がっていく。


ピアノの音が夜を抱きしめるように鳴り響いた。

慶人の音はその余韻を越えることができなかった。――静寂。

その沈黙が玲子とルミナの“勝利”を語っていた。


ヘッドホンを外し、慶人が息を吐く。


「……っへ。やるじゃねえかよ。飛び入りのお嬢ちゃんのミックス、ここまでとはな……」

玲子は微笑む。


「慶人先輩……ありがとうございます。あたし、やっぱり好きな音楽を捨てられません。

 この曲は……私の第一歩です」


ルミナが肩を竦めてウィンクした。

「私たちの第一歩、だよ!」


その夜、誰もが耳にした音を忘れなかった。

未完成のまま始まった旋律が記憶の中で“完成”した瞬間だった。


——玲子の物語は、ここから始まる。

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