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届けて☆ディージェイ!  作者: あねむん
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[EP.1-1]異世界の歌

パフェで満腹になった夕暮れ、玲子は優奈と駅で別れ、ゆっくりと家路についた。

空はすっかり群青色に染まり、街灯がぽつりぽつりと点りはじめている。


玄関のドアを開けると、ふんわりとカレーの匂いが鼻をくすぐった。

いつもの、家庭の匂い。


「ただいま」

「おかえり、玲子。遅かったね、晩ごはんどうする?」

母がキッチンから顔を出し、湯気の向こうでにこやかに問いかける。


「ううん、優奈と食べてきた。パフェだけど」

玲子は靴を脱ぎながら答えた。


「夕飯がパフェ? ほんと、もう」

母はあきれたように笑った。


「おかえりー」

リビングから父の声が聞こえた。テレビでは野球中継が流れていた。

玲子は軽く会釈し、鞄を持って階段を上がる。


「お風呂、先に入っちゃいなさいよー」

母の声が背中に追いかけてきた。


「うん、入るー」


湯気に包まれた風呂の中で、玲子はぼんやりと天井を見上げていた。

頭の中では、未完成のメロディが何度もループしている。

ベースラインが軽い。ドラムのキックが弱い。ミックスも甘い――


「……やっぱ直そう」


湯船から上がると、玲子はパーカーと短パンに着替え、髪をざっとドライヤーで乾かした。

部屋のドアを閉め、椅子に腰を下ろす。

机の上にはノートパソコン、オーディオインターフェース、MIDIキーボード。

それらはかつて、姉・七海が使っていたものだった。


パソコンの電源を入れ、DAWソフトを立ち上げる。

音楽が好きだった姉。"ソニックDJ"として名を馳せながら、早すぎる事故でこの世を去った。

玲子は――まだ誰にも、自分の音を聴かせたことがない。


波形が並ぶ画面を前に、玲子は静かにヘッドホンをつけた。


ベースのフィルターを少し下げる。

リズムの後ろにリバーブを加える。

ボーカルの位置はまだ迷ってるけど、仮で置いておこう。


「……うん、ちょっと良くなったかも」


気づけば時刻は午前0時を回っていた。

だけど、やめる理由が見つからない。

音を作っていると、お姉ちゃんのことも、自分の弱さも、ほんの少し遠ざけられる。


カチ、カチ。

メトロノームが鳴り続けるなか、玲子の指は止まり――

そのまま、ゆっくりと眠りに落ちた。


*  *  *


――そして、風が吹いた。


どこか、遠くから草の匂いがした。

玲子はゆっくりと目を開けた。そこは、自室ではなかった。


見渡す限りの草原、穏やかな丘、木造の小屋と、風車が静かに回っている。

空は夕暮れの光に包まれていて、すべてが柔らかく、夢の中のようだった。


「……夢?」


玲子が立ち上がろうとしたその時、足音がして、誰かの影がゆっくりと近づいてきた。

「目を覚ましたんだね、旅人さん」


振り返ると、栗色の髪に素朴なワンピースを着た少女が立っていた。

やさしい目と微笑み。まるで絵本から抜け出たような存在。


「私はルミナ。このリュミエール村の者よ」

「んあ…そう……おやすみなさい……っ、いだだだっ!!」


少女に頬をつねられて、玲子は飛び起きた。

「なにするのよ!って……あれ? あたし、今……痛いって言った?」

「そうね。言ったわね」


玲子は自分のほっぺたを軽くつねり返しながら、小さく息を吐いた。


「……ああ、夢じゃないみたい……」


胸の奥がざわついた。現実感が、波のように押し寄せてくる。

草の匂い、風の音、頬の痛み——すべてが、あまりに生々しい。


「……ここ、どこ……?どうやって帰れば……」

不安がじわじわと広がっていく。

それでも、玲子は顔を上げた。眉を寄せて、唇をかすかに引き結ぶ。


「……ま、まあ……今、慌てたって仕方ないし……

 きっと、なんとかなる、はず……いったぁーい!もう、なにすんのよ!」


またルミナに頬をつねられて、今度は怒りが先に出た。

「いや、面白くてさ。黙り込んじゃうし。見たところあなた、旅の人じゃなさそうね。

 女の子がこんなところで寝てるなんて、日光浴でもしていたの?」

「そんなわけないでしょ……」

玲子は頬をさすりながらつぶやいた。


「ま、歩けそうなら、村まで案内するわ。何にもないけどね。」


玲子は少し考えてから、うなずいた。


少女・ルミナの後について、玲子は草原を歩いた。

話していくうちに、自然と心がほどけていく。

自分の住んでいた町のこと、音楽のこと、家族のこと——


「玲子の街、面白そうだね。いつか行ってみたいな」


ルミナが笑いながら言う。その横顔に、玲子もつられて微笑んだ。

風車が回る音、遠くの煙突から立ち上る白い煙——

全てがのどかで、現実味が薄いのに、確かに「ここ」にある。


「今日はね、年に一度の収穫祭。村のみんなが集まって、音楽と踊りで祝うの」

ルミナがそう言うと、玲子は少しだけ肩の力を抜いた。


村の広場には、木の櫓が組まれ、色とりどりの提灯が吊るされていた。

焚き火の明かりがあたりを照らし、子どもたちの笑い声と木の楽器のリズムが混じり合う。


玲子は不安を少し忘れ、目を丸くして見回す。

「なんだか……現実みたい……」

思わずつぶやいた玲子に、ルミナはうなずいた。


「この村では、音楽が大切にされているの。人の心をつなぐものとしてね」


その時、打楽器の音が高鳴り、笛の音が重なっていく。

手拍子と笑い声が響き、祭りの音楽が自然と空間を満たしていった。


「今夜は私が歌う番なの。玲子、聴いていてね」


ルミナは櫓の上に立つと、リズムに合わせて体を軽く揺らし、口を開いた。

その歌声は、玲子の胸の奥に静かに染み込んでいった。

どこか懐かしくて、でも聴いたことのない、優しい旋律。


「……こんなに……美しい歌、聴いたの初めて……」


ルミナの歌に合わせて村人たちは手を叩き、輪になって踊る。

誰もが音楽に身を任せ、心をひとつにしていた。


玲子はその光景に目を奪われながら、ふと、かつての記憶を思い出す。


―――あの夜も、こんな感じだったかもしれない。

体も、心も、そのビートに乗せて、無我夢中に自分の世界が広がって、繋がっていく―――


――「いつか、あたしたちもあそこに立とうよ」——


ルミナを中心に光が集まり、まるで世界そのものが震えているような感覚が玲子を包む。

眩い光が視界を満たし——


気づけば、玲子は自室のベッドに横たわっていた。

「……んあ。いい夢だった……」


玲子はふと、胸のあたりに暖かい余韻が残っているのを感じた。

鼓動の奥で、何かがかすかに共鳴している。

それは、ルミナの歌声だったか、それとも——

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