百戦錬磨のプライドをかけて
俺は人間を堕落させる事が生き甲斐の悪魔だ。
そんな俺は老若男女問わずとにかくモテる。今世では営業職として外回りに励んでいるのだが、街を颯爽と歩けば、営業相手の会社のビルに入れば、カフェで優雅に珈琲を堪能していれば。
誰も彼もが俺に熱を含ませた視線を向けてくる。
恍惚とした表情で俺に釘付けな人間を、一体何千人──いや何万人と相手してきただろうか。
悪魔は人間を誘惑するために魅力的な能力を与えられる。俺の能力は「視る者にとって理想の顔になる」といった、"当たりくじ"と言っても過言ではない素晴らしいものだ。
しかも永続的に能力が発動されるため、誰が見ても誰にとっても「理想の顔」として視線を奪っていく。
本当の顔はのっぺらぼうだというのに、人間共は己が見たいように「仮面」をつけてくれる。
そして俺はその中から至極単純で愚かそうな人間を選び、堕落させ、魂を戴いているわけなのだが。
「貴様はいつになったら想い人ができるのだ、小娘」
「小娘って。一応同期なんだけどなぁ」
ひそひそと会話をしつつ、社食を共に口へ運ぶ。相変わらず社内でも熱視線が絶賛集中している。
「いませんってば。というか昨日今日で変化がある話じゃないですから」
「この世には一目惚れというのがあるだろう? 貴様も例外ではない。人間には必ず好みの顔がある。だというのに貴様は好みの顔がなければ、恋もしたことがないなどと」
「……毎日聞かれても答えは同じです。私が貴方を視てものっぺらぼうのままだからって、そんな躍起にならなくても」
たかが一人だけじゃないですか。
続いた言葉に睨みつければ、小動物のように縮こまった。
今まで俺の能力が効かなかった人間などいない。ましてや百戦錬磨の俺に、骨抜きにならないなど──悪魔の誇りをかけて、小娘を堕落させなければならない。
「我が悪魔の名の元に貴様を堕落させてみせよう。逃げられると思うなよ」
「……想い"人"なんか一生できませんよ」