振り向いてはいけない
今日、私が死んだ。昨日かもそれないけど、まあ、どうでもいいかな。
三途の川は予想していたような大河ではなくて小川だった。水位も踝くらいだし。歩いてなんなく渡れてしまった。
「迷える仔羊発見〜」
唐突に聞こえてきたのは軽い、若い男の声。
「それ、あたしのこと?」
振り向くとそこにいたのは今時の普通の男の子だった。同い年くらいかな?
「そうそう。お嬢さん、君だよ〜。たまにいるんだよね〜。ちょっとぶつかったくらいで死んじゃった、とか騒ぐ子」
トラックに撥ねられたのはちょっとしたことだったのか。
「トラックに撥ねられたのに、あたし、死んでないの?」
「あ〜それ勘違い。トラックはギリギリ止まって、まあ、軽く君に当たっちゃったけどね」
ケタケタと笑う。
「でも、あたし、川、渡っちゃった」
「まさか、これが三途の川だと思ってる?これは庭園の飾りみたいなもんだよ」
「じゃあ、あたし、帰れるんだ」
「送るよ」
少し歩くとトンネルが見えた。ここが黄泉と現世の堺なのらしい。
「真っ直ぐに光を目指して歩くんだ。なにがあっても振り向いてはいけない」
確か神話にもあったな。そんな約束事。私は出口を目指して、現世への帰り道を進んでいく。
「リサ」
名前を呼ばれてあたしは振り向いてしまった。さっきの男の子が嗤っていた。
「振り向いたね」
嬉しそうに嗤う。
「君は帰れない」
「帰れない?」
「僕が君になる、やっと君になれる」
ああ、そうだ。彼はあたし。もう一人のあたし。1つの体に2つの心。双子で産まれるはずだった、あたしの…。
「バイバイ」
彼は帰っていった。