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ベアト一家

ベアト一家


「オー、サムライノカッコヲスルノデスカ!ソレハイイカンガエデ〜ス!」

大柄なベアトに合う着物を探すのに苦労したが、襠高袴まちだかばかま・ぶっさき羽織・宗十郎頭巾の武家装束を見た途端、ベアトは無邪気に喜んだ。刀は二尺八寸の長刀を選んだ。いざとなったら自分の身は自分で守って貰う。脇差は竹光にした、二本差しは初めての人間には腰に負担が掛かる、歩き方を怪しまれては元も子もない。

ベアトの目は灰色がかった碧眼で、まともに見られなければ気づかれない。身分のある武士の顔を正面からマジマジと見る者などそうは居るまいと多寡を括る。

妻のローラの衣装は、松金屋の女房の虎の子を借りた。選んだのは渋い銀箔を市松模様に置いた黒縮緬、帯も微かに光る黒地だ。南天の実と葉が鮮やかな彩りで刺繍されていて、武家の奥方に相応しい装いだ。見事な金髪は御高祖おこそ頭巾で隠してしまうのが勿体無いくらいだ。

娘のルナは今年十歳になったばかりだと言う。薄紅色の振袖に季節の花と扇模様をあしらった着物を、志麻が古着屋で見つけて来た。目の色は紺碧に近くどうしても目立ってしまうので、付け髪で前髪を垂らして半分隠れるように工夫を凝らした。

「ルナちゃん、とても良く似合うわよ」と志麻が言うと、はにかんだ顔で俯いた。

母子ともに日本語はなんとか意思の疎通ができる程度、それでも全く分からないよりはマシだと合点する。

なんとか身支度を整えたのは良いが、久しぶりに月代を剃った一刀斎の頭は青々として見るからに寒そうだ。

「ふん、こんな頭、長屋の連中には見せられねぇ。一生笑いもんにされちまう」

「ふふ、そう言うな一刀斎。これも金の為、お紺の為だ・・・ふふ」言いながら慈心が笑いを噛み殺している。

「それにしても、志麻の腰元姿はよく似合うなぁ。そうしていると本当に女に見えてくるぜ」

「失礼ね!正真正銘女です!」

「悪ぃ悪ぃ、気を悪くするねぇ、ただちょっと見直しただけよ」

志麻が窮屈そうに帯を直していると、辰三が入って来た。

「皆さん、準備はできましたか?」

「ああ、いいぜ、いつでも出掛けられる」

「ではベアトさん、まずどこへ行きたいですか?」辰三が訊いた。

「カブキ、スモウ、ヨシワラ、ハズセナイ!」

ベアトはこれは確定事だ、と言うように毅然として言った。

「ちょっと待て、歌舞伎は殆んど一日がかりだし、相撲の本場所はまだ先だ。それに女は入れない。まして吉原は・・・」一刀斎が無理だと首を横に振った。

「ワタシ、モウキメタコト、コレデキナケレバ、コンゴノトリヒキハデキナイネ!」

頑として譲らない気迫だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれベアトさん!いくらなんでもそんな無茶な・・・」辰三が絶句した。

「待って、無理じゃないかもしれないわ」

「志麻、無責任な事を言うんじゃねぇ、どう考えたって一日じゃ無理だろうが!」

「まあ待て一刀斎、志麻の考えも聞こうじゃないか」

「ありがとうお爺ちゃん」志麻は慈心に礼を言って続けた。「私の考えはこうよ。歌舞伎は全幕見る必要は無いわ、一番山場の一幕が見られればそれでいいんじゃない?ベアトさんやローラさんはともかく、子供のルナちゃんがずっと座って観ていられるとは思えないわ、ね、そうでしょベアトさん?」志麻がベアトに顔を向ける。

「ン、ソレハソウダ。ワレワレセイヨウジンハ、ユカニスワルコトニナレテイナイ」

「そうか、だったら今から芝居茶屋に予約を入れておこう。二階の桟敷席をとっておけばいつでも小屋に入る事が出来る」辰三が言った。

「今からで大丈夫なのか?」

「なぁに、松金屋の名を出せばできない事なんてありませんよ」

「そうか、さすが飛ぶ鳥を落とす勢いの松金屋だな」

「それから、相撲だけど、確か両国の回向院の境内で今、花相撲が行われている筈よ」

『花相撲』とは、勝敗が番付や給金に反映されない興行の事で、女性も観戦できる相撲の事だ。

「よし、それも桟敷を押さえておく、土間席じゃいつ襲われるか分からない。札場で松金屋の名を言えば、木戸札を貰えるように手配しておく」

「もう一つの吉原だけど・・・」

「いくら松金屋でも、女を妓楼に入れるのは難しいぜ」一刀斎が首を傾げる。

「う〜む、流石にこれは難問だ・・・」辰三も腕を組んだ。

「大丈夫、ベアトさんは妓楼で遊ぶことが目的じゃないわよね?」

「アタリマエデス、ツマトコヲツレテソンナコトデキルハズガアリマセン」

「だったら、仲の町通りで花魁道中を見せてあげれば良いのよ」

仲の町とは大門から水道尻まで真っ直ぐ伸びた中央通りの事で、通りの両側には吉原で遊ぶ客の為の仲介業者、揚屋や引手茶屋が軒を連ねている。花魁はそこまで予約の上客を迎えに行くのだ。黒塗りの高下駄を履いた花魁が吉原の大門を出て、外八文字と呼ばれる独特の歩き方で、豪華絢爛に仲の町を練り歩く花魁道中は、吉原見物の客にとっても最大の楽しみだ。

「そうか、仲の町通りなら女でも問題はねぇ!」

「それじゃ、今日の予定は両国で相撲、浅草で歌舞伎、それから吉原で花魁道中見物、その途中に美味しいものを食べたり、見せ物小屋を見たり、お土産を買ったり、ということで良いわね?」

「おいおい、ただの物見遊山じゃねぇんだぜ、敵がいつ現れるかわからねぇんだ、そんな・・・」

「だから、ベアトさん一家には目一杯楽しんで貰わなきゃ。護衛は私たちがきっちり引き受ければいい事じゃない」

「魂消たなぁ、女のクソ度胸ってやつは大したもんだ」

「こうなったら、儂らも腹を括らなくちゃなるまいな」

「ワタシタチ、キケン、シッテル、デモ、セッカクニホンキテ、ナニモシラナイ、クニカエルコト、トテモザンネン。ドカ、ミナサンヨロシク・・オネガイ・・・マス」

ローラが初めて口を開いた。カタコトの日本語で必死に気持ちを伝えようとしている。

「分かったよ、お前ぇさん達の身は絶対ぇ俺達が守ってやる、安心しねぇ」

「では出発じゃ。まず儂が先頭で道案内役、志麻はローラさんとルナさんの側に付いていてくれ、一刀斎は殿軍しんがりで周りに気を配るのじゃ」

「皆さん、宜しくお願い致します。くれぐれも気を付けて行って来て下さい」辰三が言った。

「おう、任しとけ、行ってくるぜ」

こうして一行は、松金屋を後にした。長い一日の始まりであった。


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