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一刀斎仕事を受ける

一刀斎仕事を受ける


どぶ板を下駄で踏んで歩くと異様に大きな音がする。まして深夜ともなれば尚更だ。

横浜まで往復してこの時間になった。一刀斎は下駄を懐に仕舞い、裸足でどぶ板を踏んで歩く。

ともすれば踏み抜きそうな腐れ板の上を歩くのは、夕立でぬかるんだ土の上を避ける為だ。

一刀斎のねぐらは長屋の一番奥まったところにある。共同厠のすぐ側で、多少臭うが家賃を安くして貰っているので文句は言えない。

「何だ・・・?」借間の腰高障子から明かりが漏れているのが見えた。

戸の前に立ってガラリと開ける。

「あっ、帰ってきた!」志麻が叫んだ。他に慈心、お梅婆、銀次も居る。鍋を囲んで酒盛りをしている。今夜はねぎま鍋のようだ、プンと醤油の香りが鼻を突いた。

「お前ぇら、人ん家で何してやがる!」

「何って、兄貴朝から行方不明だったじゃねぇか、心配して待ってたんだよ」

「何言ってやがる、ガキじゃあるめぇし!」

「一刀斎、お前、朝儂の耳元で何か言ってなかったか?目が覚めたらお前が居なかったんで、儂はてっきり夢だと思ったんじゃが・・・」

「どうせ、『廓内なか(吉原の事)』にでも時化しけこんでたんだろうよ?」お梅婆が皮肉る。

「バカ言え、何で俺がそんなとこ行かなきゃなんねぇ!」

「じゃあ、どこ行ってたんだい?」

「横浜だよ!」

「横浜〜!」志麻が素っ頓狂な声を上げた。「じゃあ、坂本さんに会いに行ったの!」

「そうだ」

「一刀斎、行くときゃ儂も連れて行けと行ったじゃないか!」慈心が抗議の声を上げる。

「俺はちゃんと言ったぞ!お前ぇもちゃあんと返事をした!」

「んじゃ、ありゃ夢じゃなかったのか・・・謀ったな一刀斎!」

「謀っちゃいねぇよ、爺さんの足で横浜の日帰りは辛かろうと思ってな、俺の優しさじゃねぇか」

「ふん、儂の足はまだそこまで衰えちゃおらんわい」

「まあいい、一刀斎上がんなよ。横浜に行って来たんじゃ腹が減ってるだろ?」お梅婆が手招きする。

「当たりめぇだ、ここは俺ん家だぞ!」


*******


「それで、坂本さんには会えたの?」志麻が鍋からマグロと長ネギ、セリを小鉢に取り分けて一刀斎に手渡した。

「ああ、会えたぜ。お前ぇの言っていた通り、気さくでいい奴だったよ」

「でしょう!・・・で、若い人たちはいた?私と同じ歳くらいの?」

「居たぜ、関っつったかな、他に二、三人つるんでやがったが元気で向っ気の強ぇ奴等だった」

「まさか喧嘩なんかしなかったでしょうね!」

「至って丁寧に挨拶してやったぜ」吉原に行こうとしていた事は黙っててやった。

「ほんとかなぁ?」

「一刀斎、坂本氏にはちゃんと礼を言ったんだろうな?」慈心が訊いた。

「当たりめぇだ、それが目的だったんだからな、抜かりはねぇよ」

一刀斎がマグロの切り身を箸で摘まんで口に入れた。

「うんめぇ!空きっ腹に優しい味だぜ」

「だろう、マグロの脂身は足が早いから今日中に食べようと思ってね。間に合って良かったよ」

「婆さんの味付けは絶品だな!」

「嘘でも一刀斎にそう言われると嬉しいねぇ。さ、もっと食いな」

「おお、遠慮なく頂くぜ」一刀斎がネギの白いところを口に放り込んだ時、思い出したように銀次が言った。

「そう言えば、昼間にお紺姉さんが兄貴を訪ねて来ましたよ。志麻ちゃんも出かけてたんであっしが話したんですが・・・」

「お紺が?奴は今頃置屋の女将に大目玉を喰らって身動き取れねぇんじゃねぇのかい?」

「それが、そうじゃねぇみたいなんですよ」

「ほう、どう違うんでぇ?」

「置屋に戻ったら女将が泣いて喜んでくれたってんですよ。何でも贔屓ひいきの客が『お紺はどうした、お紺はまだかって矢の催促で、居ねぇんなら置屋を変えるって客まで出て来て大変だったって」

「へぇ、お紺の奴とんだ人気者じゃねぇか」

「だから、暫くは罪滅ぼしに一所懸命働くから、当分ここにはこれないだろうって言ってやした」

「お紺さん、元気だったのね?」志麻が訊いた。

「うん、何だかいつもより張り切ってたぜ」

「良かった!黙って抜け参りなんかしちゃったから、叱られたんじゃないかって・・・」

「ふん、黙ってやるから抜け参りって言うんだろうが。まったく後先考えねぇ奴だ、叱られなかったのは怪我の功名だぜ」

「兄貴、そりゃ幾ら何でも冷てぇや、お紺さんわざわざ兄貴に会いに来たんだぜ。今度お座敷かけてやっちゃどうです?」

「馬鹿野郎、どこにそんな金がある?」

「おお、そうじゃ!一刀斎、いい仕事があるぞい!」慈心が膝を叩いて声を上げた。

「仕事?」

「うむ、その仕事を上手くこなせばお紺を座敷に呼べる」

「何でそうまでして俺がお紺に会わなきゃならねぇんだ!」

「お紺さん苦労して伊勢まで行ってやっと帰って来れたんだよ。今日だって一刀斎に会うためにここまで来たんじゃない。このまま会えないなんてお紺さんが可哀想だわ」

「そ、そうは言ってもお前ぇ・・・」

「そうだよ、女がわざわざ会いに来る気持ちが分からないなんて、お前さんも野暮な奴だね、見損なったよ、一刀斎!」お梅婆が一刀斎を見据える。

「な、何でそうなるんだよ!」

「一刀斎、お前の負けだ、観念して仕事を受けろ。分け前は六・四でいい、もちろん儂が六だがな」

「ちょ、ちょっと待て何で俺が四なんだ?・・・てか、まだ引き受けるなんて言っちゃいねぇぞ!」

「往生際が悪いよ一刀斎!健気けなげなお紺ちゃんの為に一肌脱いでやれないようなら、男なんてやめちまいな!」

お梅の一睨みに、ついに一刀斎も折れた。

「分かったよ、やればいいんだろう・・・やれば」

「決まったな。早速明日依頼主のところへ連れて行く。今日みたいにどっかに姿くらますんじゃないぞ」

「分かってるよ・・・」

「よし、そうと決まれば今夜は前祝いだ。一刀斎、さ、グッと空けろ・・・いや、盃じゃかったるい、銀次、湯飲み持ってこい!」

「くそっ、もうどうにでもなりゃがれ。銀次、湯飲みはいらねぇ、丼だ!」

「兄貴、明日の仕事に差し支えるぜ」

「馬鹿野郎!仕事が怖くて酒が呑めるかってんだ!」

「男だねぇ、一刀斎、見直したよ!」

「婆ぁ、覚えてやがれ!仕事が終わったらたっぷり仕返ししてやるからな!」

「望むところだ、楽しみに待っててやるよ!」

蛇骨長屋の夜は、こうして静かに・・・?・・・更けていった。


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