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祭りの後

祭りの後


ドッ!と見物衆が沸いた。

「嬢ちゃんやったなぁ!」

「偉ぇぞ!大金星だ!」

「私の息子の嫁になってぇ〜!」

今にも竹矢来が倒れそうだ。


「うぬっ!貴様ら許せん!」

「師の仇、我らが成敗してくれる!」

監物の弟子達が次々と抜刀する。

「お前ぇら死にてぇのか!」一刀斎が一喝した。「これはお上の許した仇討ちだ、約定を違えれば切腹もんだぞ!」

「そうだそうだ、お前ぇ達は負けたんだ、尻尾を巻いて帰ぇりやがれ!」

「うちの嫁に手ぇ出すんじゃないよ!」

「雑魚はすっこんでろぃ!」

見物衆も遠慮の無い罵詈雑言を浴びせかける。

「お主ら、これ以上師の恥を晒すでない」慈心が静かに諭した。「二人の骸を連れて帰るのじゃ」

「ううううう・・・」

弟子達が拳をぎゅっと握り締めて、鼻を啜り上げた。

「お前ぇたち、侍ぇの格好はしちゃいるが百姓町人の倅だろう?剣の道は今見たように厳しいもんだ、死ぬ覚悟がねぇのならとっとと家に帰って、家業を継ぐなり他所へ奉公に出るなり考えな」

弟子達は互いに顔を見合わせた。

「俺たちゃ、侍になるのが夢だったんだ。だがよ、元々の侍みてぇに死ぬ覚悟なんて出来ちゃいない、だから余計に侍らしい事に憧れて剣術道場に入ったんだ。剣術さえ出来れば侍になれるんじゃないかって。でももうやめだ、こんな生死を掛けた仇討ちなんて俺たちにゃ到底できそうも無い」

「侍だって色々だ、切腹申し付けられりゃ泣き喚く奴だっている。そんな侍ぇに憧れたって何の得にもなりゃしねぇ、それより死なねぇで済む方法を考えな」

「・・・」弟子達は黙って俯いた。

どこから調達したのか、戸板が二枚運ばれて来て、監物と万城目の亡骸なきがらが乗せられた。

丑蟇はとうに医者に運ばれて行ったようだ。

弟子達に担がれた戸板が、静々と馬場の向こう側に消えて行った。


*******


「銀ちゃん帰ったよ!」

蛇骨長屋に戻った志麻は、銀次の家の腰高障子を引いて中に飛び込んだ。

「よお、無事だったかい!」

「仇、討ったよ!」

「志麻ちゃん、あんた良く無事で・・・」

銀次の看病に来ていたお梅婆さんが袂で瞼を拭う。

「俺たちの心配は無しかい?」

志麻の後から入って来た一刀斎が言った。

「あんたらの心配なんてするだけ無駄だよ」

「チェッ、酷ぇ事言いやがる」

「何はともあれ全員無事で良かった」銀次がホッと溜め息を吐いた。

「志麻、本当によく頑張ったの」慈心が引き戸を閉めながら志麻を労った。

「お爺ちゃんと一刀斎のお陰よ、有難う」

「だが、久々に肝が冷えたぜ」

「そんなに強敵だったのかい、兄ぃ?」

「ああ、強かった・・・それより志麻、監物との戦いの時、何をぶつぶつ言ってたんだ?」

「ああ、あれ?鬼神丸と話してたの」

「そいつ喋れるのか?」一刀斎が鬼神丸を指した。

「うん、危ない所を何度も救われた」

「どんな奴だ?」

「それがね、女の人」

「女だと、鬼神丸をくれた姑獲鳥うぶめか?」

「う〜ん、違うと思う、声も話し方も違ったから」

「俺達にそいつの声は聞こえなかったな」

「なんか直接頭の中で聴こえたんだ」

「ふ〜ん、不思議なもんだな」

「それよりあんた達、湯屋に行って来な、酷い格好だよ」

お梅婆さんの言う通り、衣服のあちこちが破れて血がこびり付いている。

「そうだな、じゃあ爺さん行くか?」

「行こう、流石にこのなりでは酒を呑む気にもならん」

「あんたらが帰って来るまでに、ご馳走作って待ってるよ。今夜は私の奢りだ」

「そりゃ有難ぇ、酒も頼むぜ」

「ふん、今日だけだよ」

「私、着替え取って来る」

「じゃあ、木戸の前で待ってるぜ」

「了解!」


*******


掛かり湯をして身を屈めて柘榴口ざくろぐちから湯殿に入ると、湯気でほとんど視界が利かなかった。

誰が湯船に入っているのかも定かでは無い。

「冷えもんで御座います・・・」

江戸の湯屋で湯船に浸かる時の常套句だ、これを言わないと田舎者だと馬鹿にされる。

「・・・」

返事は無かったが、人の気配がした。

湯をはね上げぬよう、そっと爪先から湯船に滑り込む。

「熱っ!」思わず声を上げた。

「ふふふ・・・」くぐもった笑い声が聞こえた。

「江戸っ子はこれくらい熱くなきゃ、入った気にゃならないのさ」

伝法な口調で女が言った。

志麻は女の言いようが気に食わなかった。

「だってこんなに熱くしたら薪代が勿体無いじゃない!」 

津藩の湯屋は早い時間は熱くて徐々に冷めていく。志麻はぬるくなった頃を見計らって湯屋に通っていたものだ。

「あんた田舎もんだね、江戸じゃぬるい湯屋にゃ誰も行かないよ。だったら見栄張っても熱くしとかなきゃ湯屋はおまんまの食い上げだ」

「どうせ私は田舎者ですよ」志麻はプッと頬を膨らませた。

「あんた蛇骨長屋に住んでんだろ?」

「え、どうして知ってるの?」

「やっぱりね、そこに一刀斎ってのいるだろ?」

「うん・・・いるけど?」

「最近あいつが若い女に肩入れしてると聞いてね、どんな奴だろうと思ってたんだ」

「若い女って私の事?」

「帰ったらあいつに伝えておくれでないかい?近いうちにお紺姐さんが訪ねて行くから居留守は効かないよってね」

志麻の質問には答えず、女は立ち上がった。暗い湯殿に白い裸体が浮かび上がる。

「安心したよ」

「何が?」

「あんたがまだ子供だからだよ、あいつは大人の女が好きだからさ」

「な、なんですって!」

「じゃあね」

女が腰を屈めて柘榴口を出ると、姿が見えなくなった。

「なにあの人、私は子供なんかじゃないわよ!」


毒付いたけれど後の祭りだった。


*******


「はははは、お紺がそんなことを言ったか」

「失礼な奴!」

「怒るな怒るな、お紺は辰巳芸者だ男勝りが売りなんだよ」

ちろりでぬくめた酒を湯呑みに注ぎながら一刀斎が言った。

志麻は箸で煮付けの身をほぐして口に運んだ。

「お婆ちゃんこの煮付け美味しい!」

お梅婆さんの用意してくれた料理は鯛の刺身にあらの煮付け、牛蒡ごぼうのきんぴらに冷奴、鴨鍋まである。

「現金なやつだな、今怒ったと思ったら急に機嫌が良くなりやがった」

「志麻ちゃんの望みが叶ったお祝いさ、腕によりをかけて作ったよ」

「ありがと、お婆ちゃん」

「ところで、これからどうするのじゃ?」慈心が銀次の酌を受けながら志麻に訊いた。

「とりあえず実家に戻って仇討ち成就の報告をして来なくちゃ」

「戻って来るのかい、嬢ちゃん」銀次が訊いた。

「うん、必ず戻って来る。だからここはこのままにしておきたいんだけど大丈夫かなぁ?」

「修験道の閃光院なんて修行だって言ってもう一年も戻ってないよ。大家に頼めば大丈夫さね」

「分かった、明日大家さんに頼んでみる」

「気をつけて行って来るのじゃぞ。帰りを楽しみに待っておるからのぅ」

「爺さん、まるで孫に言っているようじゃねぇか」

「ふん、儂にとっては孫のようなもんじゃ」

「心配しないで、鬼神丸があるから大丈夫よ」

「そういや、そいつ喋るんだっけな?」

「でも、あれから話しかけてもなんの反応も無いの」

「嬢ちゃんが危ない時だけ出て来るんじゃ無いのか?」

「そのようね」

「だったら出てこない方が良いに決まってるじゃないか、もう出て来なくて良いよ」

お梅婆さんが顔を顰めた。

「聞きたいことがあったんだけどな」

「そのうち出て来るさ」一刀斎が言った。

「だといいんだけど・・・」


みんなはまだ呑んでいるけれど流石に疲れた。出立は明後日の明け六つと決めて、志麻は早々に引き上げる事にした。

「みんな、今日は本当にありがとう」

「気にするな、ゆっくり休みな」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


部屋に帰って寝衣に着替え、布団に潜り込んだらあっという間に眠りに落ちた。


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