第9話 私の研究を見せる時が来たようだね
「よろしくお願いします」
「お願いしまーす」
僕たちは、お互いに一礼します。僕の人生最後の対局が、幕を開けたのでした。
先手は死神さん。とても綺麗な手つきで歩を持ち、パチリと盤上に打ち下ろします。死神さんの初手は、7六歩。
これは、将棋の基本ともいえる手です。将棋というゲームは、飛車、角という二つの強い駒をどれだけ働かせることができるかがポイントになります。死神さんの指した手は、角の動く範囲を広げるために必要な一手なのです。
死神さんの手に応じるように、僕も3四歩と角の動く範囲を広げます。お互いの角がバチバチと睨み合う形になりました。
さて、次に死神さんはどんな手を指すのでしょうか。死神さんが飛車を動かさずに戦う居飛車を好むなら、2六歩と飛車の頭にある歩を動かすことでしょう。飛車を動かして戦う振り飛車を好むなら、6六歩や7五歩というように、角の近くにある歩を動かすはずです。
いや、もしかしたら、それ以外の手でくる可能性もあります。なにせ、相手は人間ではなく死神なのですから。僕の知らない将棋の定跡を知っていても不思議ではありません。そうなれば、こちらは、手探りで戦い続けることを強いられてしまいます。
「ふふふ。私の研究を見せる時が来たようだね」
そう言いながら、死神さんは不敵に笑いました。どうやら、僕の予感は当たってしまったようです。
「このタイミングで……ですか」
まだ十六歳の子供とはいえ、僕もかなりの数の研究を重ねてきました。これから僕の知らない将棋が始まる。そのことに、僕は少々興奮していました。人生最後に指す将棋としては、これ以上のものはないでしょう。
「さあ、いくよー」
死神さんは、ゆっくりと駒を手に取りました。その駒の名は、桂馬。
……ん? このタイミングの桂馬ということは、まさか……。
死神さんの指した手は、7七桂でした。