第77話 本当に、ずっと……
「いつの頃だったかしらね。突然、あの子ったら『将棋』『将棋』言うようになって……」
お義母さんは、遠い目をしながら言葉を紡ぎます。その視線の先に見えている景色。そこにいるであろう死神さんは、一体どんな表情をしているのでしょう。
「どうしていきなりそんなことを言い出したのか、理由はよく分からなかったけど。まあとりあえず、私や夫としては、あの子にも全力で打ち込める趣味ができたんだって、そう考えてたわ。でも……」
その時、お義母さんの顔に、はっきりとした影が差し込みました。
「あの子の周りには、将棋ができる人が全くいなかったの。私はもちろん、夫も。あの子の友達もね。なにぶん、将棋って死神世界ではすごくマイナーなゲームだから。だからあの子は、ずっと一人で将棋をしてたのよ。本当に、ずっと……」
どんどん暗くなっていくお母さんの口調。
当時、お義母さんがどんな思いで死神さんと接していたのか。まだまだ子供である僕に、その全てを想像することはできません。
ですが、これだけは分かります。自分の子供が見つけた将棋という趣味。しかし、子供は一人でしかそれを楽しむことができない。そんな姿を見せられて、苦しくないはずがないのです。
「……死神世界に、ネット将棋みたいなものってないんですか? もしくは、将棋教室とか」
僕の質問に、お義母さんはゆっくりと首を横に振りました。
もちろん、一人で将棋をすることだってできます。棋譜並べをしたり、自分で研究をしたり。ですが本来、将棋は二人で行うものです。二人で盤に向かい、思考を巡らせ、相手と無言で語り合う。それが、将棋の面白さなのです。
死神さんは、一体どんな気持ちで将棋をしていたのでしょうか。会話相手のいない会話を、ずっと……ずっと……。




