第10話 わ、私の研究の成果が……
死神さんの指した7七桂。それは、『鬼殺し』という名のよく知られたマイナー戦法でした。破壊力はあるものの、明確な対応策があります。だからこそ、それを指す人なんて、ほとんど見たことがありません。
いや、もしかしたらこの先、死神さんが、明確な対応策に引っかからないような独特な手を指してくる可能性もあります。僕は、しばらく逡巡した後、6二金と王様の横にある金を一つ上に移動させました。
そう、これが、鬼殺しに対する明確な対応策。この手によって、鬼殺しは封じられたも同然。さあ、死神さんは一体どんな手を指してくるのでしょうか。期待と不安の両方を背負いながら、僕は、死神さんの次の手を待ちました。
「……あ」
何かに気が付いたような呟き。その声の主は、死神さん。僕は、思わず盤上から顔を上げ、死神さんの方に視線を向けます。僕の目に映る死神さんの顔は、明らかに歪んでいました。ぎゅっと唇を嚙み、悔しそうにしています。
……いや。いやいや。まさか……ね。
長考した末に、死神さんは次の手を指しました。駒を持つその手は、少しだけ震えているように見えました。
6五桂。
……はい、まごうことなき、普通の鬼殺しですね。
僕は、6四歩と歩を一つ前に進めました。次に何もなければ、死神さんの桂馬はただで捕られてしまいます。
「ううう……。わ、私の研究の成果が……」
唸りながら頭を抱えるその姿は、僕の思い描いていた死神の姿とはかけ離れたものでした。