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70歳の一人部活  作者: 種田潔
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大人の遊び場

大人の遊び場というと、私の住む広島では中国地方最大の歓楽街と言われる流川を頭に浮かべる人も多いだろう。

20歳代から25年間を過ごした沼津市では、私も多くの時間を夜の街で過ごし散財したものだ。

しかし、今は夜の街からはすっかり足が遠ざかり、そのかわりにどこで遊んでいるかといえば小学校時代の自分に回帰して原っぱだ。

孫のいる70歳の男が原っぱで一人遊びに興じているのは、人目にはさも奇異に映ることだろう。

そもそも原っぱという言葉自体が今ではほとんど死語になってしまったようだ。

同世代の人にはわかるだろうが、私の子供時代の広島には、いたるところに原っぱがあり、そこは子供たちにとって汲めども尽きぬ魅力に満ちた遊び場だった。

滑り台もなければブランコもない。ジャングルジムも砂場も鉄棒もない。

あるのは繁茂する雑草、捨てられた廃材、何本かの立木、片隅には誰かが野菜を作っている小さな畑、子供が中で遊べるくらい太い土管が、何故か何本も放置してあったりした。

野良猫や物騒な野良犬もそこをねぐらにしていたようだ。

室生犀星がその詩「明 日」で描いた世界だった。


明日もまた遊ぼう!

時間を間違えずに来て遊ぼう!

子供たちは夕方になって

さう言って別れた

私は遊び場所に行って見たが

いい草の香もしなければ

楽しそうに見えないところだ

むしろ寒い風が

吹いているくらいだ

それだのにかれらは

明日もまた遊ぼう!

此処へ集まるのだと誓って

別れて行った


そこには遊具一つなかったが、そんなものがなくても子供はいくらでも新しい遊びを考え出すものだ。

生垣の中に仲間たちと一緒に秘密基地を作った。

穴を掘ってそこに宝箱―ビー玉やめんこ、集めた牛乳瓶のふた、地面を磁石を引きづって集めた釘や鉄粉を納めていた―を埋めた。

ヨモギの葉っぱを石ですりつぶし、水を混ぜ、紙を染めた。

今思えば何の罪もないトカゲを手作りのパチンコで撃ち、木登りをし、バッタやトンボを追いかけた。

そして何より、よく走ったな。

鬼ごっこ、缶蹴りはもとより、コースを決めてリレーもよくやったが、あのおかげで足が速くなったに違いない。


そんな風にして夕暮れ時まで遊んでいると、母親たちが「ご飯だよ」と呼びにきた。

サトウ ハチロー作詞・中田喜直作曲の「夕方のお母さん」の世界だ。


カナカナぜみが 遠くで鳴いた

ひよこの母さん 裏木戸あけて

ひよこを呼んでる ごはんだよ

やっぱりおなじだ おなじだな


見上げれば夕空にはおびただしい蝙蝠が飛び交っていた。

今の子供たちも、あのような原っぱがあれば、昔の私たちと同じく想像力と体をいっぱいに使った遊びが出来るだろうに。

テレビゲームなどがあっても、原っぱがないのはかわいそうに思うが、もはや孫たちには大きなお世話かもしれない。


さて、今の私には「ご飯だよ」と呼びに来る人はいないから、いつまでも遊んでいられる。勿論、当時の幼友達はそこにはいないから一人遊びだ。

夏の盛りにはペットボトルを冷蔵庫でカチカチに凍らせて河川敷に持って行く。そして炎天下で長い時には3時間、砲丸や円盤を投げるなだが、これは「年寄りの冷や水」と言わず、何と言えばいいんだろう。

いったん投げ始めたら「いい年なのだし、熱中症にもなりかねない。ほどほどにしなさい」という家人の言葉もなんのその、山本リンダの歌のように『どうにも止まらない』んだ。

ペットボトル二本を飲み尽くした頃には脳みそが干からびて蒸発したようになり、フラフラになってやっと家にたどり着くと、水風呂に飛び込んでようやく生き返った気分になる。

高校時代の陸上部では、隙あらば手抜き練習をしていた私とは随分と変わったもんだ。

当時、今ほどの熱心さがあれば、もう少しはましなランナーになっていただろうに。


1940~50年代にかけて、アメリカのメジャーリーグでニューヨーク・ヤンキースのジョー・ディマジオと人気を二分したスーパースターが、ボストンレッドソックスのテッド・ウイリアムズだ。

1949年、恒例のフロリダでのスプリングキャンプでのこと。

ウイリアムズはいい当たりを連発しながら、バッターボックスでこう言ったと、キャッチャーを務めたマット・バッツが証言している。

(「男たちの大リーグ」デヴィッド・ハルバースタム著、常盤新平訳より)

「バッツ、一つ秘密を教えてやろう。俺はバッティングがうまい。しかも、ますますうまくなっている」

「こたえられないなあ。おれはなんてうまいんだろう」

「ちくしょう、なんて面白いんだ。一日中やったって飽きないぜ。それに給料までもらえるんだからな」

最後のセリフなんぞ「給料までもらえる」を除けば、誰もいない炎天下の河川敷で、私が内心でつぶやいている言葉と同じだ。


夜の遊び場で長居をすれば財布から金が消えていくが、原っぱではいくら遊んでも、有難いことにタダだ。

だから、子供の頃と同じく、この遊び場には金など一円だって持って来ない。

今年も私の好きな夏がやって来た。

炎天の下で気のすむまで円盤が投げられるのだ。

「ちくしょう、なんて面白いんだ。一日中やったって飽きないぜ」


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