9:男の子がぜんぜん手を出させてくれない女を相手に、どこまで待てると思う?
「待ってください燈火さん。ぼくらは氷雨さんが付き合うアシストのために、わざわざ一芝居打ったのでしょう?」
行儀悪く脚を机に投げ出す燈火に、木花が言う。
「だというのに『いつまで付き合えると思う?』とは、どういう意味なのですか。まるで破綻を予感しているかのようではありませんか。まさか、別れさせるおつもりで?」
「そんなつもりないわ。ただ、こんなお付き合いが長くつづくとはあたしには思えない……」
頭の後ろで手を組み、目を瞑った燈火。
しばしの沈黙のあと。
彼女は木花個人に向けてではなく、場の全員に向けたと思しき声で言った。
「付き合った、まではいいわ。それなりに頑張った結果でしょう。おめでと。……でもあの内弁慶様が、その先に進めると思う?」
片目を開いて周囲をうかがう。
木花も、釦も、吉埜――はいつも反応がない――あとは日乃も月乃も、しーんとした。
「その先」「って言うと」「なに?」「ぬねの」
「進展よ進展。男の子と女が付き合うんだから、やることがあるでしょ」
「あー」「ハグとか」「チューとか」「その先かー」
「そゆことね」
日乃と月乃の合いの手に乗じて、燈火は脚を机から引き戻すと己の膝上で頬杖をついた。
「一応あたしたち六人はその辺……、進展してもらっても構わないってことで今回の『嘘告白・背中押し計画』に臨んだワケだけど」
確認するように燈火は口にする。
そう。
氷雨を含めて彼女らは七人、同一の身体。
もし氷雨と早田の仲に進展があれば――それこそ先日、冗談で日乃と月乃が口にしたとおりキスでも済ませれば――経験的にはともかく肉体的には、七人全員がそういうことをしたような感じになる。
そうなると万一、この中でひそかに交際中の人間がいたなら、ある種の不貞のように取られる可能性もある――。
そう思って、氷雨を除いた六人で会議をしたのだ。
関係を進める後押しをしていいのか、と。
……結果的には全員交際中の相手などもおらず。
「それで構わない」との結論に達した。
なぜならこれまでも、彼女らはそういう『自分以外の人格のため』の我慢やおこないを、普通のこととしてきたからだ。
目覚めたら指先に知らない傷があり、「ごめん 料理してて切った」という別人格からのメッセージがスマホに表示されていたことがある。
買おうと思っていた漫画のつづきを別人格がすでに購入しており、電子版と実本両方を無意味に所持してしまったことがある。
見覚えのないひとに話しかけられて不自然な反応をしてしまい、後日それが別人格の知人だったと知って平謝りしたことがある。
――ここにあるのは、自分の身体だが。
自分の責任の範囲外のことが、ちょくちょく起こる。
彼女らはそれに慣れていた。
慣れるしかなかった。
それにこの先、自分が同じことでほかの人格に責任や負担を強いることがあるかもしれない。
だから慣れを、共通のこととして共有させていた。
自分の周りを取り巻く、唐突な変化の在り様を受け入れるよう。決め込んでいた。
「ともかく」
全員の意志の統一を一旦のみこんで、燈火はつづける。
「あの内弁慶様はこのままじゃ、どうせ手をつなぐことも出来やしない」
「……さすがにそれは言い過ぎではありませんか? 手くらいは、つなぐでしょう。燈火さんもご存知のとおり、あの子は楚々としたフリしてかなり妄想癖激しい御方です」
「それはまあ……あたしもよく知ってるけど」
「でしょう。つまり手をつなぐまでには相当の時間がかかるにせよ、つないだらもう、止まりませんよ」
「ねえ木花、私たちいまからでも日々の柔軟運動を日課に取り入れた方がいいんじゃないかしら」
「ああそうですね……あの子が早田さんとコトに及んだら、きっと翌日翌々日に『外』に出るぼくらのときにいろいろ痛めていそうです。主に腰とか」
「こら。下ネタ炸裂させてないでまじめに考えなさいよ」
燈火にたしなめられて、木花と釦はちょっとばつが悪そうにした。
しかし多少の冗談を交えないと話せないのは、燈火にもわかっている。彼女自身にしたところで、そうだ。
どうしても自分の身体のことなので、少し冗談めかさないと完全に自分の話のように感じてしまう。共有する身体とはいえ、文字通り赤裸々な話ができるわけではない。
だがいまは、触れなければいけない場面だった。
「とにかく。あいつは、そうそう先に進めないと思うのよ」
「それはまあ」
「たしかに、そうだろうと私も思うけれど」
「早田は、ちょっと話しただけだけど、イイ奴だったわ。嘘とはいえ告白の言葉投げかけるのに、そこまで躊躇わずいられる程度には。……でも、そうは言っても、男でしょ?」
「まあ」
「少し頼りがい無さそうなところはあったけれど、男性ね」
「男の子がぜんぜん手を出させてくれない女を相手に、どこまで待てると思う?」
五人はしーんとした。ちなみに吉埜は寝ていた。
生々しい、と言いたげに、下唇を横に広げた木花が深くため息をつく。そして片手を挙げる。
「この分野については素人なのですが」
「切り出し方が玄人のソレじゃない?」
「僭越ながら書籍や創作物全般で知見を深めてはいます」
「完全に素人だったわ」
「その経験から申し上げますと」
「あ、素人意見でごり押していくのね」
「あまり長くは待てないと思われます。……もって一ヶ月かと」
重々しく、木花は断言した。
直後、全員、互いに目を逸らし合った。
「数字が生々しくて私、どう反応したらいいのかわからないわ……」
「ていうか一ヶ月って、氷雨が会う回数にすると四、五回なのよね」
「その段階でー」「氷雨と早田のにーちゃんがー」「やらしいこと、できなかったら?」
「……おわり。かも」
いつの間にか起きていた吉埜が、机に突っ伏したままぼそっとつぶやいた。
六人はため息をつく。
もし氷雨が別れでもしてみろ。付き合う前でさえもやもやを抱えて身体に不調を及ぼし六人の生活に支障をきたしていたのに、失恋の重みなんてきっと耐えられまい――そんな心情が共有された感じがした。
「二人が付き合ったらこの計画は終わりの予定だったけど。もうしばらくはつづけないといけないみたいね」
燈火がつかれた顔で結論に入る。
「つづける、と言いますと?」
「いま『付き合えたーやったー』って喜んでるあいつに、あたしたちが近くうろついてる・隙あらば奪おうとしてるって危機感を植え付けとくのよ」
「なるほど。競争意識を煽って氷雨さんが先に進めるよう仕向けるというのですね」
「それくらいやってようやく、あの引っ込み思案は動き出すでしょうよ」
「あなた鬼ね、燈火」
「あたしはあたしの平穏を守りたいだけよ。配信やってみんなに楽しんでもらってあたしもきゃあきゃあ楽しむ」
にへらと笑って、燈火はピースの影に顔を隠した。
「そのためには、あいつから受けるへんな影響とかそういうのはないに限る。あたしはあたしを、生きるの」
すわった目をして、燈火は締めくくった。
そこで、全員が身じろぎする。
それはこの『内側』に対する揺れを感じ取ったがためのもの。
つまりは就寝した『外』にいる人格が、この広間にやってくるときの予兆の感知だ。
「戻ってきたみたいね、あいつ」
「そのようで。……ぼくがいまから表に出ますが、ではこのまま計画は続行ということで。告白した、そのフリはつづけて、氷雨さんには危機感を抱いてもらいましょう」
「おそらくあの人柄だと、早田さんは私たちのアプローチを避けると思うのだけれど」
「避けるならむしろ好都合でしょう。本当にくっついてしまう恐れが無くなるのですから」
「じゃあこのまま」「全員でアプローチ」「つづけよっか」「そうしよっか」
「……うん」
こくりと吉埜がうなずく。
広間から『外』への扉ががたがたと鳴る。
六人はそれぞれのいつもの位置へ陣取って、何食わぬ顔で氷雨を迎えた。




