7:そんなにストレートにぶつけられると心臓が本当に無理。ってことです
わたしが付き合うと言った途端、早田君は見る見るうちに頬をほころばせ。拳二個分あけたスペースを崩さないようにしながら、けれどひどくあわてた様子で身じろぎした。
なんだろうこのひと。超かわいい。
この顔と様子を見られただけでも、いまこの一瞬だけはわたしのものにできた、それだけのことでも……告白して、よかった! そう思えた。
でも、ここまでだ。
ここから先は、わたしだけってわけにはいかない。
「ただし、条件があるの」
「え、条件?」
はたと身じろぎを止めた早田君は、わたしの言葉に耳を澄ます。
そう、「お付き合い『は』します」と限定した理由。それは『条件付き』であるがゆえだった。
二つある条件について、わたしは語らなくてはいけない。
深呼吸して、まずわたしはひとつ目を言う。
「……あいつらとも、付き合って」
「あいつら、って――燈火さん木花さん、釦さん吉埜さん、日乃さん月乃さんと?」
「ん。あいつら早田君のこと、好きだって言ってたから」
「でも僕が好きなのは氷雨さんだよ」
あっやめて不意打ちで好きとか言わないで死んじゃう。
身じろぎどころか身悶えしそうなのを懸命にこらえて窓の方を向きながら――たぶんいま相当へんな笑み浮かべちゃってる――わたしは平静を装い、つづけた。
「わたしとあいつらは、平等なの」
「……平等」
「そう。平等で対等。わたしたち、身体は一緒だから。なにか大きく生活が変わるようなコトがあったら、全員でそれに臨むようにしてる。抜け駆けも、逆に棄権するのもなし。だからわたしと付き合うなら、みんなとも付き合って」
平等に対等に、責任を分割して生きてきた以上どうしようもない取り決め。「わたしとあなたは別人」だからこそ、互いのやりたいことをなるだけ尊重するというルール。
それがわたしをいま、縛り付けていた。
だってわたしたち全員がひとりの男の子を好きになるなんて、想像すらしなかった。
いや。
想像、したくなかったのかな。
だってわたしは、あまりにも自分に自信が……ない。
「あいつら、いい奴だよ」
わたしはぼやいた。
口にするとちょっとみじめだけど、これは言わざるを得ない。
だってあいつらはわたしと同じ顔、同じ身体で――わたしより遥かによくデキた奴らだ。
本人たちにはけっして言うつもりないけど、わたしにできないことができるあいつらのことが、わたしはいつも羨ましい。妬ましい。
そんなあいつらと、早田君は知り合ってしまった。
ああ、八日前の自分を蹴飛ばしたい。
外見スペック同じで中身のスペック格上とかいうどう考えても勝てるわけない恋敵を自ら増やしてしまうなんて、どういうアホなの。
なんて、嘆いても仕方ない。
ことが起きてしまった以上、もうあとは撤退戦だ。
「きっと早田君も好きになる。だからまあ、わたしのことはおまけだと思って?」
「……おまけ」
「ん。わたしも、その、早田君のこと。憎からず想うというか…………す、き…………な方、ではある、とは思う、のだけれども」
恥ずかしすぎて区切り区切り途切れ途切れに言った。
言っちゃった。『好き』って。
ていうか早田君がさっきサラっと言えちゃうのすごいなって思ったけど、考えてみたらあいつらも告白したんだよね? 早田君に。
好き、って言ったんだよね? しかも初対面の相手に。つまり「一目惚れです」って言ったわけだよ……どういうメンタルしてるの。こわ。
ああ、そういう点でもやっぱりわたし、あいつらに勝てる気がしない。
だから予防線だ。
これは撤退戦のための、敗走のための、予防線。
「でも早田君が、あいつらの方がいい、ってなったら。わたし、一番後回しでいいから。というかその、わたしはね? ホントはいままで通りの関係崩したくなかったというか。親しき隣人って感じで居させてくれればよかったというか。だからあんまり、気にしないでほしいというか」
言えば言うほど自分で自分にぐさぐさ刺さる。
とはいえここで予防線張っておかないと、あとで致命傷を負う。
痛くても我慢のしどころだ。がんばれわたし。
「軽い扱いでいいから。わたしの優先度は低めで。わたしとあいつらとが平等で対等であるための、ただそれだけのお付き合いだと思ってもらって――」
「僕が本気なのは、氷雨さんだけだよ。昨日も言ったとおり、浮気するつもりはない」
あああぁもおおぉめちゃめちゃ上ずるのを抑えながら震えまじりに絞り出す必死な声やめて! 本気とか言われると本気にしちゃう! 脳溶けそ……
「無理……」
「ご、ごめん。困らせたいわけじゃないんだ」
いやそうじゃなくて。そんなにストレートにぶつけられると心臓が本当に無理。ってことです。
あれ、声に出てない。ていうか出せない。身体ぷるぷるしちゃうくらい動悸がやばい。たすけて。だれか代わって。というわけにもいかないよね、これ。
ああ、だれかと深く、付き合おうとするって。
なんて、こわいんだろう。
「……でも本当に、無理なの」
なんとか胸の高鳴りをこらえて、わたしは言う。
これは心臓が無理とか限界とかそういうのではなく。
あくまで冷静に、伝えなければいけない事項として、言う。
「優先度、って言ったけど。そもそもの話、一度にひとりずつしか会えないんだから、早田君はだれかを優先するしかなくなるんだよ」
「だれかを、優先?」
「ん。だって、考えてみてほしいんだけど」
拳二個分あいたスペースの先にある、血管と骨が浮き気味な彼の手を見る。
その手で、触れてほしいな。わたしの手に、髪に、頬に。指先で、撫でてほしい。
……やらしーこと考えてると思われたくないけど……可能なら、別のところも。
そんなこと思ってしまうけど、でもそれは叶うかどうかわからないことだ。
なぜなら。
「だれかになにかしたら、関係が進展したら。わたしたちそれぞれにとっては初めてのことでも……早田君には少しずつ、初めてのことでなくなっていく」
「あ……」
気づいたみたい。
そう。日乃と月乃がキスのことで冗談めかして語っていたけど……わたしたちの関係の進展は、全員対等に平等に、というわけにはいかない。
だれかがきっと、割を食う。
「長くなってごめんね。だから、お付き合い『は』します――って言ったの。普通のお付き合いは、きっとできないから」
申し訳ない気持ちになりながらわたしは伝える。
めんどくさい女でごめん。これが条件を付ける原因の、ふたつ目だった。
毎日会うことはおろか、連絡を頻繁に取り合うこともできない。どころか、関係の進展すら自由にはいかない。
わたしたちは対等と平等の名のもとに、互いを縛り付けている。
そうでないとうまくいかないからしょうがないんだけど。
……おそるおそる、早田君の顔をうかがう。
やっぱり、めんどくさがって悩んでるだろうか?
そう考えてわたしが見ると。
「でも、氷雨さんお付き合いはしてくれるんだ」
「へ? あ、うん」
繰り出された確認の問いかけに、ぽかんとしながらわたしはうなずく。
途端、早田君は頬をこわばらせた。笑みを隠そうとしてるのがばればれだった。表情隠すのへただなぁ、このひと……!
それから真剣な面持ちで、彼はつづけた。
「関係の進展とかについては、氷雨さんだけのことじゃないからよく考えるべきことなんだろうけど」
「う、うん」
「でも僕が優先したい相手はいつだって氷雨さんで、僕は氷雨さんにしか本気にならない、から。気持ちしか伝えられなくてもどかしいけど、それだけは知っていてほしい」
また全力のストレートをぶちこんできたので、わたしは今度こそ心臓が無理になった。




