5:わたしが先に好きだったのに
「日替わり彼女ということね――じゃ、ないでしょ!」
この短い時間でどんどん株を下げている釦に、わたしは怒鳴った。
けれど彼女は真剣な面持ちだった。
「勘違いしないで頂戴ね。軽い寝取られを経験したい、というだけではないのよ」
「ほんとになに言ってんだろうこのひと……」
「ちゃんと聞きなさいな、氷雨。だって私たちみんな、早田さんが好きなのですよ? けれど私たちの身体はひとつ。となれば、全員が付き合ってしまうというのが丸く収める方法よ」
むちゃくちゃだ、とわたしは思ったけれど。
周りを見ると釦以外の全員が「まあ、仕方ない」みたいな顔をしていた。
えええ……? わたしがおかしいの……?
「納得してるの、みんな……?」
「早田さえ望んで、承知してくれたら。あたしは全員が付き合うのを許すつもりよ」
「本音を申し上げますと、ぼくは彼を独占したいですけどねぇ」
「でもここで私たちがいがみ合うと、ほら。互いに妨害されるかもしれないでしょう?」
「……ない、とは言い切れない」
「かもねー」「かもだねー」
「そういうことです。つまり、いいこと? 氷雨。私たちの意見は――」
――『浮気公認』ということね――と、なんだか決め顔で言う釦だった。
一番大人びているまともな奴だと思っていたのに、この女が一番頭おかしかった。
「そんなの、認められるはずが――」
「決めるのは早田さんでしょう? もっとも、べつに彼のことが好きではないあなたには関係ないけれど」
「うっ」
「べつに好きではないのでしょう? でも彼に迷惑になるから、身を引こうと思った。立派ね」
「ま、まあ……そうだね……」
「でも私たちは、迷惑であろうことは理解した上で、それでも彼の傍に居たいと思いました」
「ん、そ、そう。ふーん。そう」
「だからあとは、彼の意思次第なの。早田さんがいいと言ってくれるのなら、私はお付き合いさせていただきたいわ」
「あたしも釦に同意」
「ぼくも。軽い寝取られ状態については、どうかと思いますが」
「……賛成」
「本音は、月乃と独占したいけどねー」「まあみんなとなら付き合ってても、仕方ないかなー」
和気あいあいとした空気で、六人は早田君とのお付き合いの未来について思いをはせていた。
わたしは。
ぽつんとひとり、その輪から外れていた。
……いやいや。
待って、おかしくない?
わたしが先に好きだったのに。わたし、みんなに配慮したのに。
なんであんたたちが、早田君とくっつこうとしてるの?
なんであんたたちが、彼を共有彼氏にしようとしてるの?
なんでわたしだけ――我慢する感じになってるの?!
「うぅ、……もうやだぁ!」
「なにがよ。なんか文句あんの。好きじゃないんでしょ」
「すっ……きじゃ、ないけど! でもこう、あれだよ、わたしいまの関係がいいっていうか……そう、それをあんたたちに崩されるのがイヤなの!」
「いまの関係を崩す、と言われましても。ぼくが見る限り、崩れるほどの関係がおありだとは思えませんでしたが」
「うっ……で、でも良き隣人って感じだったもん!」
「私たちと早田さんの関係が変わろうと、そこはとくに崩れることないと思うのだけれど。氷雨はそのまま、隣人でありつづければいいのではないの?」
「いやいや変わらざるをえないでしょ! だってわたしと同じ顔で、身体で、あんたたちが……告白したわけで」
「……ああ。早田の方が、意識せざるを得ない。ということ」
「それ!」
「でもそれって」「べつに氷雨が断ればー」「それで済むよねー」「よねよね」
「い、いやでも、わたしが断って気まずくなったら困るんじゃないの? あんたたちが」
「気まずいわよ。でもだからって、あんたが断りたいならあたしたちにそれを止める権利はない」
ねえ? と燈火が目配せする。木花と釦がそれを受ける。
「ぼくたちが付き合おうとするのを止める権利が氷雨さんにないのと同じく、ですね」
「結局のところ早い者勝ちということね。氷雨が私たちを困らせるのも、私たちが氷雨を困らせてしまうのも」
「そーね。先手とったもん勝ち。そういうことよ」
矢継ぎ早に言われて、がぁんと頭に衝撃が走った気分だった。
は、早い者勝ちって。そんな、なにかの景品みたいに。
でも……でも、ううん、それは、うん……。
「でも実際……そう、か……動かなかったら、なにも言えないし…………さ、先に取られた、って、……な、なにも、い、言えなく……! ぅうぅぅ」
あ、だめだ。
自分で言ってるうち、先に告白したこいつらのだれかが早田君に選ばれてしまったら……という妄想が止まらなくなって、嗚咽が漏れだした。
だめだだめだ。
と思うほどに鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなり、喉が震える。あーこりゃ本格的にだめだ。
「も、もうやだぁ……! わたし、寝るっ」
ぐすぐす泣きじゃくってしまうのがみっともなくて、わたしはくるっと踵を返す。
あいつらに背を向け、広間をあとにした。
吉埜が出て来た隣の部屋へ向かう。そこはこの『内側』――ほかの人格であるあいつらと交流するための、たぶん頭の中の別領域――とちがい、完全に睡眠に入るための場所だ。
ぐちゃぐちゃになった感情を、とにかく落ち着かせたかった。
自分で手に負えない感情を抱くのは、わたしにとって相当な負担だから。
後ろ手にバタンと扉を閉じ。
真っ暗闇の部屋の中に倒れ込んで、わたしは昏々とふかい眠りに落ちていった。
#
氷雨が去った広間の中。
しんとして、六人。
十二の瞳が、ゆっくり、互いの顔を見やる。
「……焚きつけることには、成功したかしら?」
人差し指で唇のふちをなぞりながら、釦が言う。
「あの子があれだけ取り乱したのひさしぶりだし。ショック療法にはなったんじゃないの」
頭の後ろで両手を組み、片目をつぶった燈火が言う。
「こうでもしないとあの引っ込み思案、きっと動こうとしませんからねぇ」
脚を組み替えて腕組みしながら、木花が言う。
「……小心」
「びびりー」「ちきんー」「「おくびょうものー」」
ぼそりとつぶやく吉埜の後ろでくるくる回りながら日乃月乃が声を重ねる。
これをきっかけとして示し合わせたように。
六人全員が「はぁーあ」とため息をついた。
「あー、疲れたわ。まったく、『勝手に付き合ったら、身体共有してるあたしたちに負担だろう』なんて配慮までして。口には出さないけど見え見えなのよ」
「苦労をかけさせてくれましたね」
「ええまったく。疲労の極みよ」
「……困憊」
「これで氷雨が前進しなかったらー」「パンチ! だよねー」
けらけらと、笑い合った。
そう。
六人の告白は、実際のところ嘘の告白。
自分たちと早田の気持ちを気にし過ぎている氷雨に発破をかけ、無理やり彼女の背中を押すためのものだった。
さかのぼること七日前。
異様なほど慌て動揺した様子の氷雨により、
「いつもバスで会う素敵な……じゃない、ごく平凡で一般的ながらわたしなんかにも優しく丁寧に接してくれる笑顔の可愛い……じゃない、とにかく、その、いつも会う男の子に告白されたんだけど、わたし七重人格だし。断ってほしい」
と言われた六人。
「ははーんこいつその男が好きなんだな?」と即座に察したので、彼女らはひと肌脱ぐことにした。
この、引っ込み思案でどうしようもない女に春をくれてやろうと。
そう、結託して決意したのだ。
「早田さん、ぼくも実際にお会いして見たところ悪いひととは思えない面相をしていらっしゃいましたし。好感を持てるお人柄でしたから、このまま進んでいただけるといいですね」
「私たちがこれだけ背中押したのだものね。氷雨、きちんと結果を出してくれるかしら」
「あの内弁慶様がそうそう簡単に引っ込み思案脱出なんかできっこないわよ」
「言い切りますねぇ、燈火さん」
「逆に訊くけど、アレが積極的に男の子に擦り寄る姿とか考えられる?」
「燈火さんが配信以外で媚び売る姿と同じく、考えられませんね」
「媚びとかゆーな、ありゃサービスよサービス」
キメ顔キメ角度で澄まして言う燈火だった。
木花は「自分と同じ顔と思えない印象です」と、褒めてるんだかそうでないんだかわからないことを言った。
「でもほんとに」「しっかりしてほしいねー」「氷雨が好きなの、バレバレだし」「あれで気づかない早田のにーちゃんも」「鈍感だし」
「結構ズバっと言うわよね、あんたたち……」
「「だってこのままだとめんどくさいんだもん」」
「……同感」
吉埜が一言にまとめて、全員がまた、はぁーとため息をついた。
「体が共通だからか、あたしらが『外』出る日もあいつのメンタルに影響受けはじめてんのよねー……」
「『早田さんと会える場所』――と反射にすり込まれているのか、バスに乗るだけでなんだかドキっとするようになってしまったわ」
「首筋に黒子あるひとを自然と目で追うようになっていて困りましたね」
「……同感」
「ちょっと癖毛のひとも」「気になっちゃう」「なるなる」
だから、と言葉を呑み込んで、全員が天を仰いだ。天といっても暗闇なのだが。
『――はやくくっつくなりして、落ち着いてほしい』
共通する思いを無言のうちに吞み下して、六人はいつものように各々で時間を潰しはじめた。




