4:――日替わり彼女ということね、と微笑みを浮かべた
「……いやぁ、恋する乙女顔などとおっしゃられると少しこそばゆいものですね」
わたしの指摘のあとで真っ先に動いたのは、木花だった。
部屋の隅で足を組んだ木花はぽりぽりと頭を掻いて、照れ臭そうに床へ視線を落とした。それから言う。
「とはいえ早田さんはいままで会ったコトないタイプの男の子でしたし。ぼくらが好きになるのも、仕方ないんじゃありませんかね」
「どういうところがタイプだっていうの」
「ぼくのドラマ語りに付き合ってくれるトコですね」
「それ聞き上手ならだれでも良くないかな?!」
「そんなことはありません。だれでも付き合えるほど、ぼくの語りは短くないので」
「コミュニケーションに難がありすぎる」
「すぐ話が長くなってしまう、ぼくの悪い癖」
ニヤっと笑いながら言う、夕方の推理刑事サスペンス大好きな木花だった。
まともに付き合っていられない。私は机に向かっていた釦に声をかける。
「釦もそうなの?」
「ええと、まあ……氷雨に言われたからバスで会ったのだけれど、早田さん、素敵な殿方だなって。そう思いました」
「で、付き合わないかとか訊いたの」
「……あのときは、バイト先で嫌な客に会ったあとでね。いまから学校、だるいなぁなんて思っていたの」
語りはじめる釦だった。
わたしたちはこの、自らが抱える特殊事情のため全日制の高校は通いづらく、夜間定時制の高校に通っている。
よって授業は夕方からなので、昼間はそれぞれ好きに活動しているのだった。燈火ならライバー、木花は撮りためたドラマ視聴とその感想ブログ更新。
そして釦は週一だがメイド喫茶のホールで働いている。
「そのときは彼、もう木花に会ったあとだから私が氷雨とも木花ともちがうってわかっていたわけでしょう?」
「まあそうだよね」
「だから私って、初対面の他人なのに……第一声が、『疲れてないですか、大丈夫ですか』って。ねぎらってくれる言葉で……」
「はぁ」
「その思いやりに、好きになってしまったの」
「惚れっぽいにもほどがある!」
なんてどうしようもない奴なんだろう。きちんと労働してて一番大人びてると思っていたのに、この女恋愛メンタルは中学生以下だった。
次だ次、とわたしはその隣を見た。
またうつらうつら舟をこいでいる、毛先の広がった髪。
眠そうな顔が通常モードの吉埜。後ろから日乃と月乃が「ねーねー」「吉埜ぉ」「見られてるよー」と左右から肩を揺さぶった。
『内側』ではこの三人、セットでいることが多いので、面倒になったわたしはまとめて問いかけた。
「あんたたちも、そういう感じなの?」
「……そう」
「だね」「うんうん」
こっくりこっくり、うなずく吉埜とそれに合わせる日乃月乃。
相変わらず眠そうで反応が薄いが、吉埜は関心ある話題のときは表情が薄いぶん手に現れる。
両手をもじもじとすり合わせる動作は、こいつが強く心惹かれる話題のときだ。
「め、めずらしい」
「……なにが」
「なににでも関心薄くて、釣りとか登山とかソロで出来るアウトドア活動が趣味なのに」
「……ひとりが好きだけど、ふたりが嫌いなわけじゃない」
「早田君のことも、嫌いじゃないんだ?」
「……早田、好き。横にいて、イヤじゃなかった」
動物的な反応だった。のっそり動くとぼけた熊みたいな女だと思っていたけど、そういう感性まで動物的なのか、こいつ。
わたしはため息と共に、視線を最後の二人へ向けた。
「残る日乃と月乃は、まあ遊び相手になってくれる相手ならだれでも好きになりそうだけど……」
「失礼だなー」「だなー、もう」「たしかに遊んでくれたけどね」「楽しかったね」「対戦できるアプリ入れてよかったね」「ねー」
「スマホに見慣れないアプリあると思ったら、インストールしたのあんたたちか」
「そう」「でーす」
息の合った呼吸でしゃべるこの二人は、わたしたちの中で唯一……ふたりだから唯一というのも変だけど……同時に現れた人格で、趣味も思考も感性もすべてが揃っている。
記憶の共有――わたしたちは『外』での記憶を共有していないので、その日起きたことで全員に伝えておくべき事柄はここで伝達している――についても、自己申告を信じるならふたりの間ではひとつも隠し立てがないらしい。
感性が同じだから、楽しいことは共有してしまうと文字通り二倍になるのだとか。
「ともあれ、つまり……日乃が遊んでもらって楽しかったから、月乃も会って遊んでもらったってこと?」
「うんうん」「だねだね」「早田のにーちゃんゲーム強いね」「今度は負けたら、罰ゲームありでやろっか」「なに罰にする?」「決まってるじゃん」「負けた方が」「勝った方に」「初キス」「を」「奪われるー!」「きゃー!」
「勝っても負けても同じことでしょそれ!」
ていうかフツーに仲良く早田君と遊んでるのずるい!
……じゃない! わたしは彼とは付き合わないことにしたんだから!
ずるいとか言えるような立場じゃ……、
立場じゃ、ない……。
うう……。
「なんか沈んでるー」「るー」
「ほっときなさいよ。あとあんたたち、冗談でも初キスとか、やめてよ」
「なんで、燈火?」「燈火、どして?」
「どうしてって、そりゃ……」
「肉体的にはそれ、ぼくたちのファーストキスにもなりますからね」
「仮に日乃月乃が済ませたあとだと、私たちの感覚ではファーストキスなのに、早田さんからしたら三度目四度目になってしまうのね」
「……早田、もはや、慣れそう」
「嫌ですねそれ。嫌すぎますね。ぼくらは初めてでドキドキなのに、早田さんが落ち着いているというのはいただけません」
「軽い寝取られみたいな気分になってしまいそうね」
「……釦さん? ちょっといまアブないワード口にしませんでした?」
「しかも若干頬染めてんじゃないわよ……そういうシュミなの?」
「引くんじゃありません。好きなのはあくまで軽いものよ、軽いもの」
「そうやって沼にハマりこんでいくのよね」
「早田さん、こんな倒錯趣味の変わった方に好かれるなんて大変ですねぇ」
「変わってるってんならあんたも大概だと思うけどね」
わちゃわちゃとかしましく会話を繰り広げる六人。
こ、こいつら……。
早田君のことをネタに、こんな盛り上がって。
あーもう、負担になるんじゃないかとか、心配とか配慮して損した!
「つ、付き合うとか、本気で考えてるの!?」
「まあ、好きだからね。あんたとちがって」
「お付き合いしたく存じておりますよ」
「恋人欲しいもの」
「……同じく」
「日乃もー」「月乃もー」
またもめまいがひどくなってきた。
わたしが必死に自分の気持ちを振り切ったのに。
なにをこいつら、勝手なことを。
「あのね。あんたらが良くても、相手の迷惑を考えなよ。週一でしか会えないんだよ?」
「週一でも会いたいと思うような関係になればいいだけじゃないの」
「次に会うまでの長い時間が、いとおしさを強めるとなにかの歌詞にもあります」
「それに次会うまでの間は、みんなが順番に彼と交際するというのでもいいのではないかしら」
「……早く会いたい」
「遊びたーい」「たーい」
「いや待て待て待って。待った。いまひとり、ほんとうにヤバいことサラっと口にしなかった?」
わたしがストップをかける。
燈火、木花、吉埜、日乃、月乃が首を動かし、ヤバい発言の主を見やる。
釦は楚々とした仕草で口許を押さえながら、「あら」とすっとぼけた態度を取っていた。
「なにか?」
「なにか、じゃないでしょ。いまなんて言ったの」
「ですから、みんなが彼と順番に交際するのはどうかしら、と思ったの」
「順番に」
「ええ。つまり」
――日替わり彼女ということね、と微笑みを浮かべた。
わたしは、ひどい頭痛に見舞われはじめた。




