3:なんであんたたち、早田君に『自分と付き合わない?』とか言ったの
「全員、集合ぉ――――っ!」
眠りに就いてすぐ、わたしは『内側』で大声をあげた。
薄暗い広間のような空間に暖色の灯りがともる。
部屋の隅だったり隣の部屋だったり、そこかしこに散らばっていた面々がわたしの方を見た。
それはわたしと同じ顔をした、六人である。
「なによ。『記憶の共有』に急ぎで伝えなきゃいけないものでもあった?」
ヘアアクセで髪をアップにまとめた、薄着でシャツの袖をまくっている女――燈火が、広間中央の机に頬杖つきながらこちらに問う。
「ぼくが見る限り、ただごとじゃない雰囲気してますね」
一束に結った髪を鎖骨に垂らし、ラフな部屋着で隅っこへ座っていた女――木花が、顔も上げずに言う。
「……もしかして体重増えてた? ごめんなさいね、私がこの前夜中に食べたからかも」
燈火の向かいに背筋を正して腰かけ、軽く巻いた髪を撫でつけていた女――釦が、申し訳なさそうにする。
「おぁよー……」
寝ぼけ眼で隣の部屋から出て来て、うつらうつらしているぼさぼさ頭の女――吉埜が、自分の定位置までうろうろ歩いていく。
「おはよう吉埜」
「吉埜おはよう」
壁際で三点倒立しているひとりと、その足を支えるひとり。
まったく同じツーサイドアップにした髪型だけでなく、くるくる変わる子供っぽい表情までが一致する二人組――日乃と月乃が、ふらつく吉埜に声をかける。
こいつら六人に、わたしを加えた七人。
一週間を分け合う、わたしたち。
「聞きたいことあるから集合! ……木金土日月火と、あんたたち彼になにしてくれたの?」
問いかけに首をかしげる、木金土日月火を担当する六人。
ちなみにわたしは、水曜日担当。
そう、わたしたちは各曜日に別れて、週に一日ずつこの『内側』から人格を表出させる――という約束の下ここに存在している。
――――解離性同一性障害。
俗な言い方は好まないけれど、多重人格というもの。
だから彼に……早田君に、あんなことを言うしかなかった。
だって『毎日会いたい』って言うから。
毎日会ったって、それはわたしじゃないから。
だから『浮気することになるよ?』なんて、めちゃくちゃなことを言うしかなかった。
事情を知ればあきらめるだろうと、そう思ったから。
それなのに彼は、まだわたしに思いを寄せてくれていて……胸がいっぱいになった。
というのは、いいんだけど。
素晴らしいんだけどさぁ。
そのあとにつづいた、彼の言葉が問題。
「うん? 『彼になにしてくれたの』、ってなんのことよ?」
燈火があっけらかんと問いかけてきたので、わたしはキレた。
お付き合いなんてしたら、早田君にもあんたたちにも負担だと思ったから、わたしは必死に断ったのに――
「なんであんたたち、早田君に『自分と付き合わない?』とか言ったの?!」
わたしが絶叫すると。
燈火は頬杖が崩れた。
木花はバっと顔を上げた。
釦は髪を撫でる手が止まった。
吉埜はぱちりと目を開けた。
日乃は三点倒立からばたんと倒れて月乃を巻き込んだ。
次いで全員が、こっちを見る。
わたしがにらみ返すと。
目を泳がせたり逸らしたり、気まずそうにした。
その態度がますますわたしをイラつかせた。
「わたし、言ったよね。わたしの抱える事情を――あんたたちとわたしで七重人格だし、そんなんじゃ普通のお付き合いなんてできないことを――伝えてって」
「言ってたわね」
「それなのになんで『自分と付き合わない?』とか言ったの? ひとりずつ、理由を、聞かせてくれる?」
腕組みして仁王立ちで机の前に立つと、わたしはじろんと全員の顔を見た。
あちゃー、という感じでしらじらしくもかぶりを振る六人。こ、こいつら……。
「……やばいわ、おキレになってらっしゃるわ内弁慶様が」
真っ先に発言したのは、ふてぶてしい態度で口をとがらせる燈火だった。
またキレそうになってわたしは言い返した。
「ああん? だれが内弁慶だっていうのだれが」
「その態度がそのものズバリそうじゃないの……『外』では友達もロクにいなくて引っ込み思案のくせに、ここでは強気。内弁慶以外のなにものでもないわよ」
「あんただって友達いないでしょ」
「あたしは友達いなくても配信見てくれるみんながいるもーん」
つくった笑顔で裏ピースなどしてみせる燈火はライバー活動が趣味だ。自分が表に出る火曜日に動画配信している。
ああいうのは更新頻度が絶対的ステータスの界隈だろうに、週一にしては結構人気者らしい。なのでそれを鼻にかけているとこがある。おのれ。
「ともかくも、教えてよ。なんで『付き合わない?』とか訊いたの」
「えー? そりゃだって、ねえ。好きになったんだから、仕方なくない?」
「勝手なことを……」
「それに付き合えないと伝えてってのは、『あんたが付き合えないって思ってる』ことを話してほしいってだけよね? あたしたちが好きになったり付き合おうとしたりするのは、そりゃまたべつの話でしょ――」
――あんたとあたしは、べつなんだからさ。
そう言われて、わたしは閉口した。
まあ、それは、その通りだ。
その点については燈火が正しい。というよりその点を前提にしたからこそ、わたしもみんなに配慮しておことわりを頼んだわけで……。ああ、もう。
ため息をこぼして、質問を変えた。
「いやそれなら、なんで好きになったの」
「ライバーやってないときのあたしと、会話のテンポ合うのよ。というか、合わせてくれてるのかしら」
「合わせてくれる……」
「そっそ。配信楽しいけど、アレってひとに合わせてばっかだから。疲れちゃう。でも早田はいい奴ね、こっちに合わせてくれる。……だから、好きになっちゃった。ていうかあんたは、彼のこと好きにならなかったの?」
「なななってないし」
突然の質問に、わたしは動揺を隠しながらまくしたてた。
「わたしはただ、早田君は良い人だから、こんな面倒に関わらない方がいいと思ってあんたたちにお願いをね。したわけだよ」
「ふーん……あっそ。ならいいけど。でもあんた以外はみんな、好きになったみたいよ」
燈火が室内の各所にいる五人へ視線を送ると、全員がてれてれしながらチラっとわたしを見て、あさっての方を向いた。
うう、わたしはみんなに負担だと思ったのもあって断ろうとしたのに……
「なんなのその恋する乙女顔!」
言ってから、「……わたしも同じ顔してたのかな?」とふと思った。




