22:行動ひとつで、関係性は変わっていく
今日も僕は、夜間授業を終える氷雨さんを校門で待つ。
マフラーの向こうで外気に溶け消える呼気は、まっしろだ。
いよいよクリスマスが近づいていた。
「おまたせ、早田君。夜が深まって、寒さも増してきたね」
「本当だよ」
「寒い中いつもありがとうございます」
「いえいえ。好きでやってることですので」
頭を下げ合って笑う僕らは、けれどあえて、クリスマスのことを話題にしない。
せっかくはじめて一緒に過ごすクリスマスだから……サプライズというか、そんな感じでいきたい。
だからいまは、話題として触れないでいることで。気持ちを高めつつ溜めている感じだ。
「二週間後、なんだけど」
「うん?」
「木花、代わってくれるって。わたしと。その日」
ぼそぼそと、氷雨さんは報告した。
『クリスマス』という単語を出さずに、二十四日の予定について決めたという報告だ。
僕もなにげなく、気づかなかったフリをして「そうなんだ。わかった」と流した。
――互いになにを考えているかわかる沈黙。
――互いにふんわりとした演技を共有している感覚。
それが、なんとも言えず心地よい。
「駅に九時集合で。そこから、一緒に過ごそうよ」
内容をくわしく告げずに僕は言う。
氷雨さんはうれしそうに、本当にうれしそうにうなずいてくれる。
何ごとも準備をしているときがもっとも楽しい、とは言うけれど。
こんなにも楽しさに満ち溢れた日々のあとに迎える当日は、どれほどのものなのか。僕はいっそおそろしいような気さえしていた。
「そういえば学期末だけど。早田君試験は大丈夫なの」
「中間も順位落としてないし平気。氷雨さんはどうだい?」
「勉強時間は確保してるよ。今回は前と科目ちがうの担当になっちゃったから、少しアレだけど」
「さすがにそこはテスト日程に合わせて出る日変える、とかじゃないんだ」
「そこはまあね。……早田君、そろそろ進路とかも考えてる?」
「大学とかは、それなりに。……もしかして、誰かから聞いた?」
「木花から」
「あー。このあいだ会ったときしゃべったっけ」
「わたしまだ、聞いてないんだけど」
「ごめんなさい」
素直に謝ると、氷雨さんはくすりと笑って許してくれた。
「いいんだけどね。どこに行く予定とかは、訊いてもいいの?」
「一応、狙ってるところは――」
と言って大学名を口にすると、氷雨さんはびっくりしていた。
無理もない。地元ではトップクラスだ。僕の通っている立木見高校の偏差値からすると、かなり上を狙うことになる。
「早田君、そんなに頭良かったんだ」
「いやだいぶ無理してるよ」
「じゃあ、そんなに行きたい学部とかやりたいことが?」
「……そんなにないかな」
「?? だったらどうして」
訊ねられて閉口する。
それは……その。理由ってかたちにして答えていいのか、どうか。
でも返事を待ち望んでるようなので、僕はちらりと一瞬目を合わせてから、言った。
「時間が、つくれるから」
「へ?」
「氷雨さんの学校に近いし。ここから、バスで停留所二つしか離れてないんだよ。だから……まあ。そういうことです」
「えっ……えぇ~…………わたしのため?」
「あの。そう言われるとハズかしいので。やめてくれませんか氷雨さん」
顔を背けたまま僕は頼み込んだ。
けれど氷雨さんは、にまっとしながら僕の前に回り込んで、小首をかしげて顔をのぞきこんできた。びっくりするほどかわいい仕草だったので、思わず目を合わせてしまう。あっ、いま顔見られちゃダメなのに。
「……赤いよ早田君」
「氷雨さんも」
「えっうそ」
「本当」
でも向こうも真っ赤だったので、おあいこのようだった。
僕らは揃って顔を背けて、揃ってすう、はあ、と深呼吸した。よし。
「……でもわたしのためなんだ」
「繰り返されると本当にハズかしいんだ」
「なんで。うれしいよわたし」
「いやでも。あんまり言いたくなかったよ。だって落ちたら、氷雨さんもがっかりするだろうし」
あと進路の理由が自分にあるとなると、氷雨さん重く感じるかなとも思ったし。
そんなことを考えていたのだけど……氷雨さん的には、べつにOKなことだったらしい。
「会える時間、増やしてくれるんだ。ふふ」
笑みを強めていく。
ぜんぜん、よかったらしい。理由にしても。
「まあ……授業の後だけじゃなく、前にも。会ったりできるかなと思ったんだ」
「うれしい」
「ストレートに言われると照れるよ」
「そうやって考えてくれてるとは、思わなかったから。……期待してるよ、早田君」
「退路が断たれた気がする。うん。でも、努力する」
クリスマスを楽しむ準備をしなくちゃいけない。期末も頑張らなくちゃいけない。
増える重みは、けれど心地よい。
予定を立てるのは、誰かのためになにかをするのは。やっぱりとても楽しいことだった。
「一緒の時間が増えたら、いろいろできるよね。早田君と映画とかも、見てみたい」
「ああ、小さい頃僕らがニアミスしてたかもしれないあの映画。あれも、まだ見てなかったね」
「『ローリングサーガ』?」
「それそれ。配信してるの見つけたら、そのうち一緒に見ようか」
「思えばあれについてしゃべったのもほんのちょっと前のことなのに。いまはわたし、早田君と一緒にこうして過ごしてるのすごく不思議」
「僕もだ」
行動ひとつで、関係性は変わっていく。
クリスマスまであとわずか。
僕らは夜の道を闇の濃い方へ歩きながら、談笑していた。
#
ところが、物事というのはなかなかうまく回らないもので。
「あれ?」
いよいよ来週クリスマスか、と思いながら帰宅したわたしが、次週のドラマ予約の状態を確かめようと――木花に頼まれてた――レコーダーに触れたところ、その横に転がっていた手帳が目に入った。
木花のドラマ内容メモだった。置きっぱなんてめずらしい、と思いながら持ち上げると、間に挟んである紙が揺れる。
内容を見るつもりはなかったけれど、ちらりとその紙片に「12/24 9:00~」と記載されているのが見えたので、わたしは『外』から広間に入ったとき木花にその話をした。
青ざめた顔で、木花は目に見えて「しまった」という表情になった。
「……チケットの発売日でした」
「チケット?」
「今度やるイベントの入場チケットです。友人の分も頼まれてまして発売開始と同時にF5連打しなくてはいけないのですが、すっかり失念しておりました……」
「ええー……友達の分も?」
「はい。どうしても欲しいとのことで、登録のための連絡先などもいただいたのですが」
となると、個人情報を扱うってことだ。
わたしたちは個々の交友関係とかSNSとかには互いに踏み込まないことにしている。ほかの六人の友達の個人情報なんて、もっとも見ない領域のひとつだ。
「木花、それって時間かかるの?」
「いえ、十五分前から画面開いて連打して入れたらすぐに買って終わりです」
はきはきと、木花は現状を伝えて来た。
うーん。
実際にかかる時間が、そんなに少ないなら。
「しょうがないなぁ。じゃ、この前は交代してもらったし。朝だけ代わってあげるよ」
「よろしいのですか。クリスマス、では?」
「そうだよクリスマスだよ。待ちに待ってたクリスマス。だから、一時間だけね? 起きてすぐ作業してすぐ寝てよ」
「ありがとうございます氷雨さん。恩に着ます」
「じゃあ明日、早田君には連絡しといてね。予定一時間ずらしてほしいって」
「わかりました」
木花とそのように約束を交わして。
一緒に過ごせる時間がちょっぴり減ったことを残念に思いながら、わたしは翌週に思いをめぐらした。




