21:あんたらがどんな人好んで付き合うんか、私的に気にならんわけ無ぁわ
クリスマスまで残すところわずか。
この前のデートコースを下見したときと同じく、僕はまたコース決めのため出歩いていた。
寒風吹きすさぶなかひとりで歩いていても、目的が明確だとそれほど辛くはない。
「映画……は好きだけど、会話がなくなるしなぁ。それなら家で一緒に見るとかの方がいいか」
水族館は行ったわけだし、動物園だとジャンル被りな気がする。
とくに、僕にとっては一ヶ月以上前のデートでも、氷雨さんにとっては数日前のことと感じられがちなのだから。
クリスマスの街をただ歩くだけでも楽しそうではあるけど。途中でいいタイミングで休めるように喫茶店とかランチのお店の目星をつけておくといい……とは、さっきスマホでネットを介して覚えた知識。
なるべく喜んでもらえるように。
一緒に楽しめるように。
氷雨さんとの時間について、僕は思いを巡らす。
「おー。早田のにーちゃんだ」
なんて考えていたら、声をかけられた。
気取らない格好で、てててと近づいてきてにこりと笑う。屈託のない表情。氷雨さんはあまりしない顔。
「日乃さん」
「月乃かもよ?」
「その流れ、月乃さんともやったよ」
「むむむ、二番煎じ……いや天丼。コレ天丼ね」
「はいはい」
「こないだはゲーム、ありがとうございました」
「いえいえ」
ぺこぺこ、と互いに頭を下げ合う。
日曜日だから出歩いていたらしい日乃さんは、この前の月乃さんと同じ服装だった。
じろじろと僕の格好を見て、ふーむと探偵のような目つきをする。
「ずばり、デートの下見!」
「正解」
「ていうか早田のにーちゃんが他の理由で外に出てると思えないー」
「さすがにそんなことはないけど……そっちは買い物? またゲーム?」
「うん! 欲しかったレトロゲー、入荷したって近所のお店に掲載あったから下見して来た」
「買ったわけじゃないんだ」
「高ぇの。たぶんそのうちほかのひとに買われちゃう。でもまー、しょーがないよね。バイトしてる釦とかともかく、日乃たちほとんどお小遣い制だし」
「六人全員にお小遣い、って考えたら結構しそうだね」
「やりくり上手になれ、ってゆーのがママの基本方針」
なかなかしたたかな人だなぁと思った。
と、思い出したように日乃さんが手を打つ。
「そういや今度連れてきてってママ言ってた」
「え、だれを?」
「文脈ぅ~。にーちゃんしかいないでしょ」
「ええ? ご実家訪問はちょっと」
「吉埜と一緒に来たじゃん」
「室内までお邪魔はしてないよ。それに、その。そういう改まった訪問するなら氷雨さんとの方が……」
「わかってないなー。氷雨だと恥ずかしがって連れてこないってママわかってるから、日乃に頼んだんだよ」
そう考えるのはよくわかる気がした。なんやかやと理由つけて、家にいれてくれない光景がありありと目に浮かぶ。
「だからー、そのうちぜったい来てよね。ママ、楽しみにしてるっぽい。やっぱり娘の好きなひとがどんな人か、気になるっぽい」
「……日取り考えとくよ」
しかし、お宅訪問か。氷雨さん以外の六人との顔合わせもなかなか緊張したけれど、お母さんに会うとなると。また別種の緊張がある。
けしからん男だ、とか思われないようにしなければ。
「約束、したからね?」
「月乃さんもそうだけど約束、こだわるね」
「……まーね。繋がりがないと日乃たち、うすっぺらだから」
ふいに、陰のある表情でひひひと笑った。
「氷雨はそこんとこが、やっぱつよいなーと思う。日乃たち的には」
「強い……?」
「んーまぁ日乃たちサイドの話。気にしないで、しないでー」
「そう言うならそうするけど」
「よしよし。じゃねーにーちゃん、日乃そろそろ帰ってログインしないと。集合間に合わなかったら野良パでやることんなっちゃう」
「よくわかんないけど忙しそうだ。がんばって」
「ういうい」
すたかたと去っていった。
軽く手を振り見送って、僕はまたコースの下見に戻る。
ただ、少し日乃さんの話はひっかかったままだった。
燈火さんも「まっとうに生きられるのは……」とか、氷雨さんのことを評していたけど。
僕が氷雨さんの評価高いのは、そりゃ自分が好きだから当然だけど。彼女らは(とくに燈火さんとか木花さんは)氷雨さんが好きってわけではないらしい。なのに評価が、時折とても高いように感じる。
「なんか、理由あるのかな」
それとも僕が。
気づけていないだけなのだろうか?
+
「いってきまーす」
「気ぃつけていってきな。……あー、ぁかんわ。ちょっと待っとって氷雨、買い物メモ渡しとらんかった」
玄関を出ようとしたら、母に呼び止められた。
ローファーを履きながら待機していると、ハイウエストのデニムボトムスにハイネックセーター、その上からすべてのコーデを台無しにするドテラとかいう格好の母が、左手にメモを持ちながらやってきた。
ヘアバンドでかき上げるパーマかかった髪をくしゃりとさせながら、「ん」と差し出してくる。わたしは受け取って、一読してからお財布にしまう。
「アックスバリュでいい?」
「あそこ火曜市やっとるからホントは燈火に頼みてぁ思っとったけど。ま、構んわ」
「りょうかい」
「いってら」
「いってきま。……なに? なんかあんの、お母さん」
送り出す素振りしながらも、どこかこっちの目の奥をのぞいてくる母。
壁に頬杖つきながら「んー」とつぶやき、ややあってから口を開く。
「あんたさぁ」
「うん」
「彼氏の写真とか持っとらんの?」
「ぶっ」
「あんたのことだから隠し撮りとかしとると思ったけど。母、見たいなー」
「しっしてないし! ていうかなに、なんで急に彼氏の話?! いつ知ったの!?」
「日乃月乃からはじまり、みんなから聞いとるわ」
「あ、あいつら……」
「そーんであんたいつまで経っても自分から話ゃせんもんで、んならこっちから聞くしかないがぁ?」
「恋人の話、親としないって!」
「というかあんた、外の人と関わる話自体せんがね」
「……友達とかあんまいないから」
あんま、というより、親しく定期的に話すひとは皆無だ。
そこは母も理解しているからか「ま、そーだろけど」とそれはそれでムカっとすることを言う。
「そんなあんたが好きんなった、てのが気になるわけ。あんたらがどんな人好んで付き合うんか、私的に気にならんわけ無ぁわ」
「そんなデバガメ根性で」
「女はいくつになってもこんなんよ。あんたもそのうちわかるわ」
「はいはい……とにかく、写真とか見せるものないから。もう行くねわたし」
「つまらん。ま、いいわ。あらためていってら」
「いってきます」
ローファーの爪先をトントンやって、母から「先っちょ削れるからやめ」と言われて、外に出た。
前庭の門扉を閉めてから振り返り、わたしはドアのすりガラスの向こうでリビングに戻っていく母を見る。
ほかの家庭の事情を知らないからなんとも言えないものの。
母は、へんなひとだと思う。
「まあ、あの底抜けの明るさには助かってるけども」
最初からいた人格が誰なのか、それともそんなものは消えてしまったのか。
それすらわからない状態で七人になった七原■を受け入れて、十数年共にいた娘の延長としていまも共に暮らしてくれている人。
最近では冗談めかして「腹痛めたの一回で娘が七人なんてトクしたわぁ」などと言いさえする。もちろんそれが母の、ある種の気遣いを含んでいることはわかってるけど、でも気遣いだけではないというのもわかる。
そんな母だから、わたしたちが誰と接して今後をどう生きていくのか、気になるんだろう。
「『あんたらがどんな人好んで付き合うんか』ね……」
母の言葉を口に出してみて、ふと思う。
あんたら。
あんた『ら』。
わたしを除く、六人。
今回は、みんなが早田君を好きだといったのが発破かけるための狂言だったけど。
この先でもし、たとえば釦がバイト先で知り合ったひとと恋に落ちたら。吉埜が趣味を通じて付き合うひとを見つけたら。
それは、どうなるんだろう?
自分の身体を見下ろす。
わたしはクリスマスに、早田君と関係が……その、進展したらいいな、と思った。
それと同じことを。
みんなも、別の誰かと――そうなればいいなと、願ったとしたら。
「…………、」
言いようのない不安が胸を満たす。
その感情に覚えがなくて、わたしは焦る。新鮮な感覚というものをわたしたちは好むけれど、でも感情についてはべつだ。あまりに覚えがなく想定ができないソレを感じると、わたしたちは自分のココロをのぞきこむのがこわくなる。どうしてかはわからないけど。
けれど頭の中で思考をめぐらすうち。
その感情に似たものを、探り当てる。
「……自分勝手、ってやつなのかな」
自分を自分で勝手にする。
それは、しかし。
『自分』が自分だけでないわたしが、はたしてやっていいことなんだろうか?




