20:なんにもないわたしだけど、たしかに神経は図太かったのかもしれない
知らないはずのものを知ってる、ということはさすがにないけど。
それでも、感じた覚えのないはずの感覚に感じ入る、ということはある。たまに。
わたしたちの場合のそれは、自分以外の六人のうちだれかが感じ取ったなにかを、自分のことのように感じることからはじまる。
「……これ、食べたことないはずなんだけど」
「どしたの?」
「ううん、なんでも」
二一時半ごろ、またも迎えに来てくれた早田君と帰る途中。
コンビニに寄って、新商品らしい肉まんを食べたら「これこれ、こういう味」という印象を抱いた。
普通のひとの感覚にたとえると、見たこと無い風景に既視感を抱く、デジャビュというものが近いのかな。
たぶん燈火たちのだれかが、この一週間のあいだに食べたんだと思う。
ほくほくと白い息を吐きながら、わたしは新鮮さがなかったことをちょっぴり残念に思った。
「あー、ところで」
肉まんを食べ終えた紙をくしゃくしゃと丸めて、指先を遊ばせながら早田君は斜め上を見た。
この仕草は、恥ずかしいとか気が進まないとかで話をしづらいときに出る。
……お付き合いする中でだんだんわたしも早田君のことがわかってきた。そのことがうれしい。
「うん、なに?」
「えと、その。……この前、燈火さんと話してさ。そこで言われたんだけど」
「あー……例のこと」
「そう。たぶんそのこと」
互いに触れづらいお話だったので、匂わせるようにかすめさせるように会話の距離を測ってしまう。
というのも、それはわたしたち二人にとって、気恥ずかしいことで。
首の裏がかゆくなるような感覚に、マフラーごしにもふもふとわたしはうなじを掻いた。
「……あいつらが、わたしに発破かけようと、早田君に――好きって言ったこと?」
「そう。そのこと」
真剣そうにうなずく。
それから、だんだんにうつむいて、顔を覆い。少し体を背ける。
「え、え、なに、早田君」
「いや……へんなこと言うけど」
「うん」
「会話の流れとはいえ、氷雨さんの口から『好き』って言われると。構えてないときは、照れる」
「へ、ぇえー……」
「あ、ごめんもしかして引いてる?」
いや、むしろ「ピュアすぎて無理……」ってなってます。もちろんいい意味で。
まあそんなわたしの悶えを披露するとそれこそ引かれてしまうと思ったので、そこは表情筋にがんばってもらって。わたしは笑顔で「そんなことないよ?」と返した。ぎこちなくなってないと、いいけど。
ともあれ、あいつらとのやりとり。
早田君との、やりとり。
それがすべて、わたしに発破かけて付き合わせて、落着させようとの目論見だったことは……わたしも先日、聞いていた。
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夜、いつものように全員が揃った場で燈火に呼ばれて、唐突に説明を受けることになった。
わたしはひどく動揺した。
「それ、どういうこと??」
「どーもこーも、話した通りよ……」
あんまり悪びれない、でも多少はわたしに気を遣ってる感をそこはかとなく匂わせなくもない――くらいの曖昧な態度で、燈火は顔を背けていた。
「あんたが早田とさっさとくっつきゃいいなーと思って、発破かけてやったのよ」
「え、えっ。じゃあ、なに。あんたたちみんな組んでたの」
「まあ、そういうことになるかしら。ごめんなさいね氷雨さん」
「ぼくは謝る気もないですが」
「反省」「してなくも」「なくなくない」「です」
「……ぐう」
六人それぞれ、そんな反応だった(吉埜はシバいて起こした)。
で、でも。じゃあ。そんな。
それなら、これまでのこいつらの言葉は、態度は。
「じゃあ、燈火たち……」
「なによ」
「わたしに早田君の良いトコ語りしてくれたのも、嘘だったってこと? 早田君の長所とか美点とかフェチなところ、たいして好きでもなかったってこと……?」
「どこにショック受けてんのあんた」
「いや、大事なところでしょ。みんなに必要以上に早田君が好かれるのは、そりゃあ避けたいとは思ってたけど。でもみんなが早田君のことそんなに好きじゃなかったとか言われると、それはそれで納得いかないっていうか」
「めんっっどくさ……」
燈火は『っっ』の部分に全力のダルさを込めてわたしにぶつけてきた。
ダルいのはわかる。絡んでるのも承知してる。
でもここは、わたし的に譲れないポイントだからね。
「自分に自信ないクセに、自分の彼氏には自信ありまくりよねあんた」
「? だってわたしにはなんにもないけど、早田君には良いとこいっぱいあるし」
「……その、『良いとこいっぱいある相手』に選ばれたんだから、あんたは…………いや、いいやもう。めんどい」
「言いかけたなら最後まで言ってよ燈火」
「ヤぁよ。ホンット、あんたって、あたしたちのだれより真っ当に生きられそう」
「なに怒ってんの?」
「神経太いといいわねって思っただけ」
毒づきながらこめかみを手で押さえ、燈火はかぶりを振って話題をリセットした。
「まーとにかく。関係もそれなり、安定してきたみたいだからネタ晴らしすることにしたのよ。あたしたちだってそれぞれいろいろあるんだし、氷雨のことばっかにかかずらってらんないからね」
「それは、まあ。配慮してくれたことには、一応お礼言うけど。……おかげで、付き合えたのかもだし」
「あ、氷雨さんのその物言い。発破かけられなければお付き合いできなかったという自覚はあるのね」
悪気なさそうな釦に刺されてわたしはひるんだ。
ま、まあ……うん。そこはさすがに、自覚あるけども。
「……でも、付き合えてよかった。と思う」
あくびのあとで吉埜がぼそりと言った。燈火がうなずきつつ返す。
「早田がいい奴だっていうのも、接していくなかでわかったしね」
「なにその素行調査してたみたいな物言い」
「そりゃ、早田には申し訳ないけどその部分があるのは否定できなかったわよ。氷雨だけの問題なんて、あたしたちには存在しないんだから」
「むぅ」
「あんたになにかあればあたしたちにもなにかある、ってことなんだから。全員にとって問題のない、いい奴かどうかは接するなかでつかまなきゃと思ってたわよ」
「それもまあ、その通りなんだけど」
「だけど、なによ」
「……ぜんぶ燈火の手の上だったみたいで、むかつく」
「うるっっさいわねぇ内弁慶」
言いたい放題な燈火と喧嘩になりかけた。
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けれど、ずっと懸念事項だった「ほかのだれかに取られるかも」という部分が、これで解消された。
心底自由になれた心地で、クリスマスを迎えられそう。
「……えへへ」
「氷雨さん笑ってる」
「ご機嫌だからね。もういくつ寝ると、クリスマス。そう思ったらうれしくって」
「だね。僕も楽しみ」
照れ臭そうに、早田君は頭を掻いていた。
クリスマス。街中浮かれ気分で、楽しい時間。
早田君にはなにを贈ろう? 早田君には、なにを貰えるんだろう?
それから……進展、するかな。えっと、そこまで深くはなくても。もう一歩、先くらいまで。
思わずまたふへへと笑ってしまいそうだったので口許を押さえて、わたしは今日も妄想して広間で過ごす糧が増えたなあと感じる。
平和な時間。たのしい時間。なんにもないわたしが、こんなにしあわせな時間を過ごせるなんて思ってもみなかった。
けれど。
なんにもないわたしだけど、たしかに神経は図太かったのかもしれないと。
あとになって燈火の言葉を思い返し、わたしはひどく、後悔するのだった。




