19:そりゃフツーであることにあこがれあるもの
たまにはぶらぶらと街でも見て帰ろうかなと思ったら、見覚えある外見だけど見慣れない立ち姿の人物に出くわした。
パステルカラーを基調とした衣裳で、色合いこそ中間色だがデザインがポップに振った系統なので落ち着いた印象はない。
芯の通ったぴんとした姿勢の彼女は、僕に気づいたのか顔を上げた。後ろでアップにして結んだ髪が揺れている。
「あ。早田だ」
「今日は燈火さんか」
「まーね」
「学校は?」
「今日は配信の準備してたから遅刻」
堂々と言う人だった。
片手にはアパレルブランドの紙袋などがぶら下がっている。そこまで踏み込んで聞いたことはないけど、配信ではコーデとかコスメとかそんな感じの話題で毎週二時間くらいしゃべるらしい。
「見てくれるひとのためにいろんな方向性試して、結果を反映して、また試して……まぁ、大変なのよ」
「服って言えば、氷雨さんがぼやいてたな。燈火さんにコーデ変えられそうになったとかって」
「あーこの前の」
「氷雨さんに気を遣ってくれたの? アレ」
「ちがうわよ。そんな気持ち抱くほどあたしたち慣れ合ってないし」
眉を八の字にしてハッ、と笑う。
まるでそこに氷雨さんがいて、見せつけているかのような露悪さを感じた。
「たとえるなら倒れてる自転車とか玄関で散らばった靴を見たような気分だっただけ」
「例えの対象がすごい雑だ……」
「他人事だもの。あいつがあんたに好かれなくなっても、それで構わないし。……あーそれに、むしろあたしに勝ちの目が出て来るし?」
「僕が氷雨さんを好かなくなるなんてことは起こり得ないし、億にひとつそんなことあってもそれと勝ちの目とはまったく別問題だよ」
「億て。小学生か」
「小学生ならもっと上の単位使うんじゃないかい?」
「たしかに」
妙な掛け合いのあと、なんとなく僕らはならんで歩き出した。
買い物は終えたのでこのまま学校に行くらしい。明らかに通学用とか勉強用のセットを持っていないように見えたけど、駅のロッカーに入れてあって買い物袋と交換してから行くのだとか。
「今月はこれでもう追加の買い物とかはできないわー。また来月ね」
「氷雨さんも同じようなこと言ってたな」
「あんた奢ってあげてないの?」
「うまく先回りして支払い済ませるとかしてたけど、だんだん読まれるようになってきてね」
「あいつも成長するのねぇ……」
「軽く見過ぎじゃない?」
「べつにそんなことないけど。むしろあたしはあいつのこと、あたしたち七人の中で一番、……これ本人には言わないでよ」
釘を刺して、僕がそれにうなずくかどうかのタイミングでつづける。
「一番、まっとうに生きられるのかもしれないって。そう思ってる」
「……どうして?」
「そこまでは言えない。だってあたし、あいつのこと好きじゃないから」
――嫌いでもないけど、と付け足して、歩幅を広める。僕は普段の歩幅に戻す。
「まっとうなのがいいのか、僕はよくわからないけど。燈火さんはそれがいいことだと思ってるんだね」
「いいことって言うより、まあ……これもいいや。この話終わり。今度の配信のことでも考えよ」
燈火さんは紙袋を掲げた。僕もそれ以上追求するのはやめて、話題の変化に乗じる。
「打ち込むものがあるのっていいな」
「そう? 早田はなんかないの、趣味とか」
「映画研入ってるし、見たり感想言ったりは好きだけど。人前で話題にして出す感じじゃないし、趣味って言えるほど深いかなぁ僕」
「うーん予想してたのとちがう反応。趣味ってコトバだと、重たかったかしら」
「べつに重たくはないけど」
「でもなーんか、ある程度の領域まで至ってないと『趣味って言っちゃいけない空気』、感じてない?」
「それはちょっとあるかも」
平々凡々に生きてきているので、ひとより強いこだわりも深い見識もない。
そんな状態で趣味ですこれが好きですと述べると、横合いから「その程度で?」ってつっつかれそうには思う。
燈火さんは苦笑いしながら、「そういう空気、やだよねぇ」と言った。
「もっと簡単にはじめたりやめたり、趣味だって名乗ったりできればいいのにね」
「趣味って名前が付かなくても好きなモノは好き、って言えたりとか?」
「そうそう。そういう、ゆるーい空気のほうがよくない?」
「それはその方がラクだなと思うけど。燈火さんストイックにやってるわりには結構エンジョイ勢なんだね」
「いやー、ストイックっていうか……あたし的に本当はストイックになりたくないっていうか……」
うろんな感じに彼女は言った。
最初に会ったときにも感じた空気だな、と僕は思った。
それはほかのみんな、氷雨さんを除いた六人にも言えることだったけど。みんな好きなことを好きにやっているわりに、
言葉の端々にどこかその活動内容を『軽く見てほしい』みたいな部分があったというか。
「そういや燈火さんは配信、どうやって趣味になったの?」
「ん? 急に変化球ね。べっつに、特別な理由も事情もないわよ。流行ってるから見て、面白かったから真似したくなって、そんだけ」
「思ってたより本当にフツーな流れだ」
「そりゃフツーであることにあこがれあるもの。そう言ってもらえる方がありがたいわね」
「でもそれで打ち込んで、実際に結構な数のひとに見てもらえてるのはすごいんじゃない?」
「むかしのあたしが見たらすごいって言うと思う。楽しそうって言うと思う」
へんな言い方をして言葉を切り、考えこんだあとで、燈火さんは左手の中の紙袋を見下ろした。
「でもいまの自分から観たら、積んできたものの上に立ってるっていうそれだけだから」
「……ひょっとして楽しくない、とか?」
「まさか。楽しくなきゃやらないっての。でもね」
数歩僕より先んじて歩き、振り返る。影が長く伸びる。
十一月の早い日暮れの中、逆光の中で燈火さんがどんな顔をしたかは不鮮明だ。
「楽しいからって辛いことがなくなるわけじゃないし、楽しいことが悩みを生むことも、あるわけよ」
「……それは」
「それは?」
「僕には、わからない感覚だな」
「そ。ありがと。下手に『わかる』とか言わないでいてくれて。言ってたら蹴ってたかも」
「おっかないな」
「無用な踏み込みすれば傷つけられるのは当然でしょ。先に傷つけてきてんの、踏み込んだ方なんだから。あんたが踏み込むのは氷雨だけにしときなさいよ」
「もともとそのつもりだよ」
「ならよろしい。……この際だし、そろそろ教えとこっかな」
「なにを?」
「あたし実は、あんたのこと好きってのウソだったのよねー」
――嫌いでもないけど。
と付け足して、しししと笑った。
なんか。
あっけらかんと言われて、呆気にとられてしまった。
「……ウソだったの?」
「ま、ね。少なくとも恋愛感情は、ゼロ。いまでもね」
「……そう、なんだ」
「お? べつに付き合う気ない相手でも女子にフラれるとさすがにショック?」
「いや、氷雨さんと同じ顔で言われるから……さすがにそれは……キツくて……」
「あー正直それはごめんかった。でもどっかで言わなきゃだったし」
さばけた感じで言い、大きく伸びをする。存外、当人も隠してるのがストレスだったのかもしれない。
「あいつが引っ込み思案発動すると思ったから、発破かけようと思って。そのために木花から順にあんたに告白したってワケ」
「ぜんぜん気づいてなかったよ」
「でしょうね。あんたニブそう」
「というか変に気をもたせないようにしようとか、でもやたら遠ざけるのもちがうなとか、結構僕は僕なりに距離感考えたりしてたんだよ……」
「それも、正直ごめん」
いや、終わったことだからいいんだけど。と、口に出そうかどうか迷ったけどやめた。振り回されていたことにちょっと思うところあるのは事実だったので。
「……でもこれであんたも、気楽に迎えることできんじゃないの?」
「なにをだよ」
「スネんじゃないわよ、時々素が出るわねーあんた。ほら、でももうすぐクリスマスでしょ」
「すぐって、まあ。すぐだね」
時間感覚1/7である氷雨さんたちにとって、一ヶ月先はすぐそこだ。
ほらほら、と僕を指さして燈火さんは指摘する。
「あたしたちに気負わなくていい、って。そう思えるのはラクでしょ」
「たしかに」
「うまくこなしてよね。はー、それでやっと肩の荷おりるかしらね、あたしたちも」
「肩の荷?」
「こっちの話。……あたしたち身体は一緒だから、あいつの強く感じ入ったことについては、あたしたちが起きてるときにも影響与えんのよ。これあいつから聞いてない?」
「いや、ぜんぜん」
「ヤバ。話さない方がよかったかな……でも言っちゃったからしゃーないか。とにかく、そうなの。あいつが強く執着するものには、あたしたちも少し、心臓が跳ねたり目が釘付けになったりする……」
なぜか僕の襟元や指先を強く見つめて、かぶりを振って、燈火さんは締めくくる。
「でもそれが日常になれば、落ち着けば。あたしたちもたぶんそういう気持ちに振り回されなくなるから。だからあんたたちに二人で落ち着いてほしくて、あたしたちは協力してきてたのよ」




