18:ぼくたちは予定を立てる時間がひとより長いのですから
「せっかく氷雨に買ってもらったのに!」
「ごめ、ごめんってば日乃」
「ゆるせなーい! まだ日乃はぜんぜん進めてないのに!」
「でも一日休みだったらさー、やっちゃうじゃん!」
「開き直り?!」
「そりゃ直るよ! 直りまくりだよ! でも日乃だって同じ状況ならするでしょ!」
「あったりまえだよ!」
「なんだとこの!」
「なんだーこのー!」
「……ねえ木花、なにアレ」
「学校の用事のあと、月乃さんがずっとゲームをしていたらしいですよ」
勝手にシナリオを進めすぎたとかで日乃と揉めているそうな。セーブデータ分けとけばいいのに……。
「さて明後日からは通常運行ですね」
広間の隅っこ、定位置に腰を下ろしていた木花がわたしにぼそっと話しかけてきた。
シャッフルする一週間は終わり、またいつものようにそれぞれがそれぞれの曜日を過ごす。
「そだね。明日は木花、明後日が燈火か」
「ぼくは配信お休みの連絡をしなくってはいけないようです。面倒ですねぇ」
「燈火、基本的に毎週やってるからね」
いまもなにやら考え事してるらしい燈火を視界に収めつつ、わたしは言う。
常に『どう話題を盛り上げるか』を考えながら六日間をここで過ごして、外に出たら考えたことを全部実行する。
そうして帰ってくるときの燈火は、まあ反応の良しあしで元気だったり落胆していたりはあるけど、いつもやり切った感じがする。
人生、充実させてるなー、と感じる。
「ぼくたちは予定を立てる時間がひとより長いのですから。その段階から楽しむなりしておかないともたないというものでしょう」
「まあね。計画から楽しまないと」
「そうです。先のことを、常に考えねば……。そういえば、卒業の見込みはあと二年少々先ですけれど。氷雨さんはなにか考えありますか」
ふいに言われて、戸惑った。
定時制に通っているわたしたちは、それぞれのやりたいこと優先で過ごしている結果昼の部は一切出ずに夜、十七時半から二十一時半までの授業日程に臨んでいる。
つまり一日の授業は四時間なので、卒業に必要な単位をすべて取るには四年かかる。
現在二年生。あと二年と五か月、学生生活が残っているのだった。
「……考えてなかったけど、そういやわたしって早田君と卒業の年度ズレるんだ」
「いまさらですか。……早田さんは、先のことを結構考えておられたようですが」
「そうなの?」
「前にお会いして雑談した折に、進学すると言っておりましたよ。受験勉強もはじめていると」
初耳だった。いや、とくにそういう部分に話題がいかなかったからで、訊けば教えてくれたんだろうけど。
それでも、んー、木花がわたしの知らない早田君情報を握っていたのがなんか悔しい。どういう会話してたんだろう? わたしはすぐ顔に出るらしくていっつもみんなにバレるけど、みんなが早田君と話した内容は、わたしにはさっぱりなんだよね……。
「将来、か」
口に出してみるとなんだか重たい。
けどそれは、日数にしてみたらあっというまにやってくるのだろう。なにせわたしたちはすべてが1/7だから。
でもとりあえず卒業する、というのは全員の総意となっている。
「木花はやりたいこととかあるの」
「そういうの、考えたことのないひとにお話してもたいして共感は得られないと思いますが」
「参考までに」
「参考。ですか。……それほど大それたものはありませんよ、ぼくも。進学も、普通の就職も難しい身なのですから。映画感想ブログのほか、文章方面でなにかしらの成果を挙げて固定時間で働かず賃金を得られる手法を確立しようとは思っていますが」
「……しっかり考えてるね」
「氷雨さんが考えなさすぎるのですよ」
ため息をつかれた。
二年先、先か。
わたしはなにをしてるんだろ? 早田君と一緒にいられたらいいなと思うものの、具体的なイメージはわかない。
なんなら一年先、一ヶ月先だってよくわからない。
……一か月後、進展してたらいいなとかは思うけど。
「なにをにへにへしているんですか、まったく」
「え。にへにへしてた?」
「頬の神経死んでるんですか?」
辛辣な物言いで、木花は定位置から立ち上がった。
「明日出るから、もう寝るの?」
「いいえ。隣にはいきますが、まだ考え事はします。ここにいると集中できないので」
あきらかにわたしへの敵愾心らしき言葉の向け方だった。ちょっとむっとする。
「へたの考え休むになんとやら、とか言うけどねー」
「明日の予定もなにも考えていない方よりはマシでは?」
本当に辛辣だった。そのまま隣に消えていく。
……そんなに、イラつかせるようなことしただろうか。燈火に話を振る。
「さいきん、木花が当たり強いような気がするんだけど。わたしの気のせい?」
「知らないわよ。でもそもそも、あたしたちってべつに仲が良いわけじゃないでしょうが」
「日乃と月乃は仲良くない?」
「あれは考え方と嗜好が同じだから喧嘩になりにくいだけ。現に、いま『好きなものを片方だけが進めて優位に立った』ってなったら、喧嘩してるでしょ」
言われて見ればその通りだった。
そういえば喧嘩はめずらしいけど、この二人が仲たがいするときはいつも似たような理由だ。
同じものに向いている同じ気持ちが、どっちかだけ劣るような見え方になってしまったときに怒り出す。
「んで、あたしとあんただって仲悪いでしょ。最初の最初から」
「まあ、それはね」
燈火の呆れた感じの物言いにわたしは同意した。
出現の順番もあいまいなわたしたちだけど、最初に互いを認識したときのことは、よく覚えている。
みんながみんな、互いのことを「気持ち悪い」と感じた。
わたしのときは、燈火だった。自分のななめ後ろにだれか居るような気配。カーテンの後ろに人影が見えているような錯覚。
そういうものを積み重ねているうちに、いつしか夢の中で、今度は自分がその位置に立っていた。
わたしが見ている、わたしによく似た誰か。
そいつはわたしのいる位置をしきりに振り返っては気味悪そうにしていた。
それが――燈火であり木花であり釦であり吉埜であり日乃であり月乃であり、
それが――夢ではなく現実でありわたしが向き合うべき日常の一片であり、
それが――七原■という人間を元にしたわたしたちの、それぞれにして同一のはじまりである。
「出現る日を切り分けて、それでもうまくいかないことの方が多くて。いまでもあたしたち、割り切ることなんかできてないでしょうが。だから互いの時間を侵さないように、影響を抑えるためあんたの恋路に協りょ――」
「? わたしの、なに?」
「……なんでもない」
重要なことを言いかけたっぽい燈火は口を閉じてかぶりを振った。
「そういや燈火は、卒業後にやること考えてるの」
「さっき木花と話してたコト? あたしも木花とあんま変わんないわよ。いまも投げ銭はお小遣い程度には入ってるし、こういうの本格化するとかそこからべつの仕事もらうとか」
「おお」
「なんてのは、あくまで理想というか妄想よね」
「え、そんなもんなの」
「素性隠してやってる以上、限界あるわよ。あたしっていう人物を……コンテンツにして売ろうとするならさ」
そしてあんたらの存在を明かす気もないし、と締めくくると、本当に疲れた感じで、燈火は大きく伸びをした。
「釦とか月乃が一番堅実な道かもね。少しずつでも確実に、普通のお仕事がんばってる。まじめに約束守って、学校での活動がんばってる」
「そんな風に思ってたんだ」
「気になるもの。みんながどう生きようとしてんのか」
そうやって言われるとなんだか自分がちゃらんぽらんに生きていると指摘されたようで、どう返したものかとまごついてしまうわたしだった。




