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浮気公認、日替わり彼女  作者: 空上タツタ


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17/26

17:いま『この子難しいことも考えるんだなー』ってちょっと馬鹿にした?


 今日は一日、ぼーっとしていたので学校の記憶が薄い。


 脳裏に浮かぶのは昨日、僕とデートしていたときの氷雨さんだ。


 かわいかった。


 駅での別れ際、組んだ腕をぎゅーっとしてくれたのがまだ感覚に焼き付いている。


 帰宅したあとでSNSを開いたら、僕宛てに今日の感想とかお礼とか、もういろいろしっちゃかめっちゃかになっているメッセージが届いていて胸がいっぱいになった。


「早く会いたいなぁ……」

「だれにー?」


 帰りのバスを待っていた僕に、横合いから声がかかる。


 間延びしていて明るい印象だが、この声の基本軸には覚えがある。


 というか、さっきまで何度も頭の中で再生していた声だ。


「月乃さん?」

「日乃かもよ?」


 隣を見ながら言う僕に、まぜっかえす。きししと笑いながらバス停の時刻表に肘をつき、体重を預けている立ち姿。


 服装はシャツの上にセーラーカラーのスカジャン、プリーツスカートというポップなもの。


 遊び心ある意匠にどこかこだわりがうかがえる彼女は、子供っぽい笑みで僕を迎えてくれた。


「いや月乃さんでしょ。今日は学校の用事あるから、入れ替わり週だけど月乃さんだけ通常の日にちに出てるって聞いたよ」

「えー下調べだー。ずるいずるい」

「ずるいと言われても。教えてくれた吉埜さんに言ってもらわないと」

「吉埜めー……ときどき、スっと自分だけ安全圏いったり自分だけ抜け駆けする女めー」

「そんな悪女な感じに見えないけど」

「悪党は悪党の顔してない、コレ世界の真理ぃー」


 いやに重ためなことをいうのだった。


 それから会話をリセットするような感じで、ぺこりと僕に頭を下げる。サイドに流していた髪が垂れた。


「ともあれ早田のにーちゃん、ひさしぶりー」

「そうだね、ひさしぶりだ」

「昨日はおたのしみだったみたいー?」

「そりゃもちろん。生きてきた中で一番楽しかったよ」

「おお、直球ー。にーちゃん照れないよねこういうとき」

「いや、氷雨さん本人に言うんだったら、さすがに照れる」

「うわのろけー、のろけだー」


 楽しそうに笑って、ベンチに腰かけていた僕の隣に座った。


「氷雨もたのしそうだったー」

「それはなにより」

「あと、ゲームもありがと」

「ん?」

「日乃の分。デート中なのにー、買っておいてくれたー!」


 心底うれしそうに取り出したのはレトロな携帯ゲームハードだった。充電式じゃなく単三電池で動くというあたりが、めずらしいというか不便そうだなと思う機械。


「ああ、そんなことか。いいよ、氷雨さんがそうしたかったから、僕は付き合っただけ」

「でもフツー彼女がデート中に他の人のこと考えてたらー、ヤじゃない?」

「似たようなこと氷雨さんも言ってたな……ヤじゃないよ。そういうひとだって知ってて、そういう氷雨さんが好きなんだから」

「うわまたのろけー」

「自分で引き出しておいて……」

「でも、感謝してるー」

「はいはい」

「ほんとのホント。だって早田のにーちゃん、月乃たち全員のこと、ちゃんと考えてくれてるよね」


 横合いから大きな瞳でのぞきこまれて、僕はすいっと目を逸らした。当たり前だけど氷雨さんと同じ目の色。じっと見つめられると心臓に悪い。身体はいつでも簡単に、勘違いする。


「ちゃんとってほどじゃぁないよ」


 韜晦するように僕は言った。


 月乃さんたちは氷雨さんにとって重要な、ある種の同居人だ。


 だから僕も大切にしようと思うだけ。……冷めたような言い方になってしまうけど、結局のところ僕は氷雨さんが好きだから動いているだけの、利己的な奴だ。


 ところが月乃さんは、ふるふると首を横に振る。


「ううん。月乃はわかるよー。あと、日乃も。早田のにーちゃんが『ちゃんとしてる』ってねー」

「ちゃんとしてるかなぁ」

「してるしてる。だって月乃たちは、自分がどう見られてるか。すごく正確に、わかるんだよねー」

「どうやって?」

「月乃と日乃、好きなモノも嫌いなモノもぜんぶ一緒なんだー」


 話が飛んだ。僕は首をかしげる。


 手の中にあるゲーム機をいじりながら、口の端をゆるめる彼女は言う。


「だから二人で、自分を客観視してるんだと思うー。まったく同じ自分を、お互いに見るから。自分がどう見られてるのかは、わたしは日乃を見れば。日乃はわたしを見れば。よくわかるー」

「なるほど……?」

「あ、いま『この子難しいことも考えるんだなー』ってちょっと馬鹿にした?」

「してないしてない」

「ほんとぉ?」

「よくものを考えてるんだなぁって感心しただけ」

「それやっぱり小馬鹿にしてるー!」


 そうかな? そうなるか。


 ぽこぽこと月乃さんに二の腕のあたりをはたかれながら、僕は遠くから迫ってくるバスを眺めていた。月乃さんも視線に気づいたのか動きを止める。


「あ、バス来たねー」

「そのようだね」

「小馬鹿にされたって、日乃にも伝えるからー」

「そんな告げ口みたいに……」

「だーって月乃たちも、いろいろ考えてるんだよ?」


 よ、っと声をあげながらベンチより立ち上がり、むくれた顔を見せる月乃さんは僕の顔に指を突きつける。


「とくに。みんなそれぞれ、未来のこと考えてる」

「未来?」

「ふつうの人の7倍の速さで生きてるからー。早く考えないと大人になっちゃうし、やりたいことができる時間も限られてる」


 さらりと伝えられて、僕がその言葉の重みが胸に沈み込んでいくのを完全に知覚する、前に、月乃さんは話をつづける。


 にぱっと笑う。


 悲し気に。


「だから欲しいゲームを探す時間だってホントは、惜しい」


 わずかに語尾を落ち込ませながら言い。


 手にしたゲーム機に力が入ってる、ように見えた。


「約束とかも、一回一回がすごーく重要。ささいなことでも」

「だから今日も、表に出る曜日を変えないようにしてたのかい」

「そ」


 間延びすることもなく短く。けど反応の速さと決然とした口調が、彼女の中で重要なことであるとうかがわせた。


 いや、彼女だけでなく。


 彼女の中にいる、全員がそうなのだろうけど。



 ……やってきたバスに乗り、見送ってくれる彼女に手を振りながら僕は思う。


 それでも、7倍の速さで生きていても。


 あの子は僕にお礼を言うのが大事だと思って来てくれたのだろう。


 一日をひたすら懸命に過ごしている。


「……すごいことだよな」


 ひとりごちた僕は、もう見えなくなっていると知りながら後方を振り返っていた。



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