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浮気公認、日替わり彼女  作者: 空上タツタ


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16/26

16:わたしたちみんな、普通のひととちがって時間が1/7しかないから


「なにちょっと熟年夫婦みたいなやり取りしてるの?!」

「……べつに。たまたま会っただけ」

「でもバッグ返してもらう約束取り付けてまた会うことになってる!」

「……使い捨てできるビニールで持ち帰りは、ちょっと。申し訳ないから」

「まあそうだけどぉ!」


 明日デートだー、と思ってえへえへしてたら、眠りに来た吉埜から今日の過ごし方を聞いてテンパってるわたしだった。


吉埜日乃月乃あんたたちはあんまり気にしなくていいと思ってたのに……」

「あれあれ、ちょっとしつれー?」「しつれーしちゃうー」「日乃たちだって要警戒だよね」「べつにアプローチとかするもんね、月乃たちも」

「……アプローチ」


 釣竿を振る動きをする吉埜だった。ちがうよそれじゃないよ。日乃と月乃はべつに釣りしないよ。


「でも海沿いにいたってことは、アレかしらね。デートコース決めてたとか」

「あのあたりだと水族館でしょうね。王道、定番です」


 机で対面に腰かけながらうなずきあう燈火と木花だった。わたしのデートなのに勝手に先を読まないでほしいなぁ……。


「おみやげは買ってこなくてもいいわよ、氷雨」

「最初から買う気ないよ。なんであんたたちにおみやげ要るの」

「えっ買って来てくれないの」「けち」「けちんぼ」「血液氷点下」

「初デートのときくらいあんたたちのこと考えなくて済むようにしてよ!」


 ぶうたれる日乃と月乃を押し返し、わたしはため息をついた。


「とーにーかーくー、わたしもう寝るから。明日に備えるからね」

「はいはい、いってらっしゃい。明日あたしの服で使いたいやつとかはある?」


 燈火が自分の襟を引っ張りながら言う。


 たしかに、燈火は(人からの見栄えを気にするので)センスのいい服をたくさん持ってる。けど。


「べつにない」

「でもあんたの服、あたしたちのパーソナルカラーにはあんま合ってないのよ?」

「うるさいなぁー……初陣くらい素の自分で行かせてよ」

「ま、それもそうか」


 勝っても負けても結果は自分のものであるべきだ。や、勝ち負けじゃないけど。


 でもわたしたちにとって、自分が自分であることって、なにより大事だから。


 そんなことを考えながら眠りに落ちて、わたしは待ち合わせ場所を夢見るのだった。


        #


「でも吉埜が釣ったものあげるって結構めずらしいわよね」


 氷雨が去ったあとの広間で、燈火が半目になって吉埜を見やる。


 吉埜を除いた面々が、発言にうんうんとうなずいた。


「以前ぼくが燻製にしてあった魚を食べてしまったとき、それから二週間ほど口をきいてもらえませんでした」

「しれっとなにやってんのよあんた」

「失礼。小腹がすいていたもので」

「ということは吉埜さんなりの、結構な好意の現れなのかしら……」

「いや、ごはんあげるのが好意の現れってもうそれ狩猟時代の価値観じゃない?」

「吉埜ぉよしのー」「早田のにーちゃんのこと」「そんな好き?」「なの?」

「……横にいてほっとする」

「熟年夫婦じゃん」


 燈火が呆れと引きを半々に混ぜた顔で言った。


 言われた当人はさほど気にしたふうでもなく、ついっと顔を背けていた。


「まさかマジ惚れなの……?」


 吉埜は答えなかった。


        #


 目が覚めたのは六時前だった。


 まだ外は暗く、起き上がったわたしは部屋の中を見回す。


 起きたらまず、一週間でなにか部屋に変化がないか確認するのが習慣だ。


 時々、配信で使う衣裳選びで燈火が服を脱ぎ散らかしたままだったりする。


「今日は片付いてる」


 ベッドと机までは普通だけど、あとは雑多に鍵付きの棚が並んで足の踏み場がないという異様さが特徴のこの部屋で、わたしは隙間を縫ってクローゼットに近づく。


 ウォークインとまでは言わないにしても結構大きめなこの衣裳スペースは、わたしたち全員の服が収納してあるのでいつも容量ギリギリだ。


 密集した服の林を通り抜けて、わたしはデートの服を選ぶ。


「どう見られてるか、から選ぶのってわたしやったことないからなぁ」


 着たいものを着る、で通してきたのを悪いとは思ってないけど。


 結局は無難な、冒険しないおとなしめのコーデに落ち着いた。


 ちょっと寒くなって来たけど、手袋はやめておく。


「手、つなぐかもしれないし」


 うんうんとひとりうなずき、わたしは待ち合わせ場所に急いだ。起きたの六時で待ち合わせ九時なのに、結構ぎりぎりな時間配分になっちゃった……服、迷いすぎた。




 いつものバスで降りる場所だけ変えて、駅前にたどり着く。


 一本入ると歓楽街だとか路地裏だかにつながる場所だけれど、表通りは平和そのものだ。


 きょろきょろ辺りをうかがうと、いた。


 シンプルなシャツとジャケットの装いにストールを巻いて、手はあいている。


 手袋、してない。


 わたしと同じことを考えてくれてたんだといいな、と思ってえへへと頭を掻いた。手櫛で髪を整えてから、駆けつける。


「おまたせ」

「いや、待ってないよ」


 ぱっと笑顔を咲かせて迎えてくれる早田君を見て、わたしは頬がだらしなく緩むのを感じた。


 今日はこれから夜まで、ずっと一緒にいられる。


 そう思ったら表情も崩れる。しかたない。


「服、可愛いね」

「か、かわいいですか。今日は無難めにしてきたんだけど……」

「えっ。それは……褒めてよかったのかな」

「いや、いいです。褒め、どんどんいただければ」

「そっか」


 なんかぎこちなくて変なやり取りになってしまった。


 しょうがない。初めてのことなんだから。……うう、意識したら緊張してきた。


 成否はわたしの行いひとつひとつにかかってる。がんばろう、わたし。


「それじゃ、行こうか? あっちの路線で」

「うん」


 自然に手を伸ばしてくれて、早田君に手を取られた。あたたかで大きな手に握られると、しみじみと「ああ、お付き合いしてるんだなぁ」という実感がわいてくる。


 歩幅を合わせてくれているのか、苦も無くついていけるペースで歩く彼に連れられて。


 電車のなかでひそひそと、わたしたちはおしゃべりする。


「正直、この路線乗った時点で行き先はバレてるかと思うけど」

「水族館?」


 吉埜に聞いたことがバレないような間で、わたしは返した。


「正解。オーソドックスすぎたかな?」

「や、定番ってむしろ大事だと思うし。水タイプの生き物好きだから」

「水タイプって」


 笑わせるつもりじゃなかった発言に早田君は笑って、彼が楽しそうなのでわたしもなんだかつられて笑った。


 やがて目的の駅に停まり、また少し歩く。


 わたしは途中の道にあるお店のショーウインドウに映る自分の、髪型とか全体がおかしくないかを横目でチェックして。


 横にいる早田君に気づいて、周りからどう見られてるんだろう、と思ったりした。


「いやまあ、恋人に見えるに決まってる、と思うんだけど」

「なに?」

「いいいやなんでも、なんでもないよ」


 なんでもない道が、時間が、あなたといると色づいて見えるだけです。


 ……ナチュラルにこんな歯の浮く、頭わいたようなセリフが浮かんじゃったけど。わたし大丈夫かな? まだ午前だよ? 夜までもつ?


 そんなことを思いながら、水族館まで来た。


「何年ぶりだろ」


 ちいさい頃に家族と来て、それっきりかもしれない。


 日曜なのでやっぱりというか、家族連れとカップルがそこそこに並んでいて。ときどき、なんだろう。すごく雰囲気のあるおひとり様とかがいた。水族館ガチ勢とかかな。


 ……っていうか、高! えっ高い、水族館って料金こんなするの? なんとなく千円くらいかと思ってた……


 そして当然のように、早田君わたしの分も払おうと……!


「早田君これ、これ。お金」

「え? ああいいよ。それなら次のとことかご飯のとき支払ってくれれば」


 あっ知ってる。これそういうこと言ってかわしておいて次のときも払う隙与えないパターンだ! デートプランのマニュアルみたいなので見た。


 でも後ろも並んでるのにここでじたばたとするわけにもいかず、結局わたしはなされるがまま。お支払い、早田君持ちになった。次のお支払いタイミングでは素早く動こう、わたし。


 なんてことを考えていたけど。


「わあ」


 目の前に現れた巨大水槽を前にしたら、たぶん覚えていられないな、と感じた。


 ひんやりと沈んだ空気。


 青の世界に銀のきらめきが翻る。鰯の群れの大水槽。


 のんびり泳ぐ大きなクエ。ひらひら揺れるのはエイだっけマンタだっけ。


 アクリルの向こうに広がる別世界に、わたしは引き寄せられていた。


「……そんなに魚好きだった?」

「え? あ」


 つないだ手をそのままに、ふらふらと水槽の前まで早田君を引っ張ってしまっていた。


 我を忘れるとまでは言わないけど、けっこう、静かに興奮してしまっていた。


「いやー、はは……好きだったみたい、水族館」

「連れて来れてよかった。僕も好きだな、水族館」


 あ、あああ水族館ね水族館。倒置で言うから一瞬「え、好き? だれがだれを? わたし?」って思っちゃった。自意識過剰――ではないよね? 脳がとろけてると言われたら否定できないけど。


「早田君も魚とか好き?」


 恥ずかしいので顔を背けながら、わたしはごまかすために問いかける。


 水族館、薄暗いから表情と顔色がバレないとこだけは助かる……


 なんて思ってたのに。


「ん、ていうか氷雨さんが楽しそうだから」


 なんて発言を突っ込まれたのでわたしはとうとう顔色を隠せなくなった。


 それ、わたしが好きだから好きっていう、ああもぉなんでこうかわいいこと言うんだろうこのひと!


「っとと、氷雨さん? そんな急いで順路回らなくても」

「い、イルカとかほらそっちも見たいからっ」


 言い訳じみたことを言って手を引っ張って先導し、後ろの早田君に顔を見られないようにするわたしなのだった。




 午後までずっと、水族館で過ごした。


 アシカののんきでのっぺりした顔を眺め、わきわき動くカニを見て、イルカショーを見て。……これはちょっと、外で寒かったけど。


 でもその分つなぎっぱなしだった手があったかかった。


 ていうか離すタイミングがわからないし、気持ち的には離したくない。


 外に出てお昼にパスタとパフェのお店に入り、やっと食べるために離したって感じだった。


 でも水族館で撮影した写真を見て盛り上がってたせいでわたしはやっぱり支払いのタイミングを逃し、またも早田君全持ちに……申し訳ない気持ちでいっぱい。


「次、つぎこそは払うから……」

「いやそんな気にしなくても。それにそれこそ、次っていうならさ」

「?」

「次のデートのときだって、いいんだから」


 照れ臭そうに早田君は言った。やだかわいい。心臓なくなりそう。


「つ、次の機会も、いただけるんですか」

「えぇっ、イヤなの?」

「いや逆。次もあると思えてなかったっていうか」


 こんなしあわせなことがまだ起きるの? っていうか。


 うわー、うわー。次の計画はわたしが立てよう。動物園とかどうだろ。さっき陸上生物のコーナーで触れあいしてるときの早田君やばいほんわかさだったから。また見たい。


 えへえへしながらわたしは歩き、早田君と街中を歩いた。


 途中、ゲームとかサブカル系のお店の横を通り、わたしはふと足を止めた。


「ちょっと寄っていい?」

「ゲーム屋さん? いいよ」


 快く受けてくれた早田君と一緒に、お店の中を物色する。


 ひと二人がすれちがえるかどうかというくらいの狭い店内で、特定のハードのソフトを物色する。えーとたしか……あったこれだ。


「なんか探してたんだ?」

「うん。あ、でもわたしのじゃなくて。日乃がやりたがってた奴で」

「そういうことか。氷雨さんはそれほどゲームやるイメージじゃないもんね」

「まあね。……あ、ごめん。デート中なのに他の女の話題を」

「それふつう男側がやって怒られるやつだろうに」


 苦笑しながら、早田君はレジのあいだ待ってくれた。


 外に出て駅まで歩きながら、早田君に弁解のようにわたしは言う。


「ごめんね。機会があったらなるべく互いのために動く、ていうのが習慣になってるから……」

「あー」


 言葉にはしなかったけれど、早田君は理解してくれた。


 わたしたちみんな、普通のひととちがって時間が1/7しかないから。どこかで互いに、支え合ってかなきゃいけない。


 ちょっとしたことだけど、ふいに自覚させられて少し、へこんだ。「デート中なのに」って自分で言ったことだけど、本当にそうだ。


 わたしは『二人だけの時間』というのを、完全には持てない。それこそあいつらとの話の中に出てきたように、わたしたちは誰かが誰かと関係を進展させたら、それが全員共通のことになる。


 こうして一日中手をつなぎつづけていたことも。あいつらにとっても、そういう経験ができた……ような感じになる。


 後ろめたいというか申し訳ないというか。気が引けて、つないでいた手の力が緩んだ。


 すると早田君は緩めて抜けかけた手に、あらためてしっかり指をからめてくれた。思わず顔を上げる。


「誰だってひとりで生きてるわけじゃ、ないし」


 横目で視線を合わせてくれて、つないだ手を引き寄せた。


 腕を、組む。ぐっと近づいて、わたしは瞬時に顔が赤くなる。


「いつだってひとのことを思いやってる氷雨さんが、僕は好きだよ」

「……そんな、こと言っても、」

「気にしないのは無理でも、気に病まなくていい。いろんな面があって、それが氷雨さんで、そんな氷雨さんが僕は好き、なんだと思う」


 だんだんテレが入ってきたのか声が揺れていたし、いろんな面があるならやっぱりそこには、すごく好きな面とそこそこ好きな面とがあるだろうから優劣はあるんじゃない? とかも思ったし。


 正直、言葉そのものにすごく動かされた、というのはなかった。


 でも組んだ腕がしっかりここに、わたしという存在の実感を引き止めていて、まっすぐ正面を見る早田君の横顔が、きっとわたしを離さないでいてくれると思わせてくれた。


 だから大丈夫なんだ、と思った。


「……うん」

「また、デートしよう」

「うん」


 じわりと胸にしみわたる。


 ああ、わたしこのひとが好きなんだ。


 このひとはわたしが、好きなんだ。


 その実感だけで、もういまはほかに何もいらなかった。


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