12:今日、二十一時ごろに授業終わるけど会えない?
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「という感じで、ひとまず全員お断りされましたが『雑談する程度の関係は続行』という流れに持っていくことに成功しましたね」
木花と早田の遭遇から一週。水曜日。
氷雨不在の広間の中で、木花が声をあげる。
残り五名が各々、彼女からの確認に「うん「そうね」「ぐぅ」「判定はー」「成功ー」と返す。
燈火がぱちぱちと手を打ち鳴らして木花に笑いかけた。
「トップバッターの木花が流れつくっといてくれたし、あとは乗るだけだからラクだったわ。あんがとね」
「いえ。状況的に必要なことでしたし。順番としてぼくが最初に出る以上それが最善だっただけのことでしょう」
「それにしても早田、一途よね。あたしもフラれに行ったとき、狙ってる素振りつづける都合上ちょっかいかける感じのこと言ってみたけど。あいつ微動だにしなかったわ」
「ブレない男の子なのね、早田さん。私もにべもなくお断りされてしまいました」
燈火の言葉にうんうんとうなずく釦。
しかし「いやその反応はおかしい」と、燈火はポニーテールを揺らしながら釦に指を突きつける。
「いや釦、あんたはそもそも好きになった動機周りのフリからして雑ぃから警戒されてるんじゃない……?」
「辛いとき支えてくれたら好きになるものでしょう? あの日は本当にへこんでいたのよ私。だから気遣われたのは本当にうれしかったの」
「え、ガチへこみだったの? そして好感度高いのもガチなの?」
「異性としての好意ではありませんけれど。幸せになってほしいな、と思う程度には好きよ。推しって感じかしら」
「あーあんた推しの幸せ見守るタイプだったわね……」
微妙に漫画の趣味などが重なっているため、電子書籍アプリのアカウントなどを共有しているところがある燈火と釦であった。
ともあれ、と燈火が机をトントン叩く。
「あとはあたしたちがちょこちょこ、氷雨が警戒心持つ程度に着かず離れずの距離をとってアプローチ」
「氷雨の危機感」「あおれ煽れ~」
「そゆこと。とっととくっついて安定してもらって、日常を取り戻したいところね」
「そううまくいきますかね」
「でも今日、ガッコ行ったあと会うつもりみたいよ」
「え?」
「あら。服装整えていたけれど、いつも通り授業前に会うだけではないのね」
いつも通りに出かけているだけだと思っていた木花たちはびっくりした様子で、意外な氷雨の行動力に驚いていた。
「ねえねえ」「燈火ー」「なんでわかった」「のー?」
「観察してたらわかるでしょ。このごろ広間でそわそわしてたし」
『外』につながるドアを見つめて燈火はアンニュイな顔をした。
競争心を煽り立てたことは効果があったようだけど、と思いつつ。
「あいつ、うまくやれてるのかしら」
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「緊張する……」
夜の学校。
二十一時過ぎ、授業を終えたわたしは教室を出た。
わたしも少し特殊な事情で通っているが、夜間定時制には同年代もいれば少し上、十九歳で一児の母という子もいたり、なんだか年齢の判然としないまったく無言の人もいたりする。
いろんな層が混ざり合っていた空間がふいっと外に流れ出していくこの瞬間にも、ずいぶん慣れたものだ。でも大学もいろんな年齢層のひといるらしいし、こんな雰囲気なのかな? わかんないけど。行く予定も……いまのトコなんとも言えないけど。
「廊下涼し……いや。ちょっと寒い」
わずかに冷え込みが強くなり、風に乾燥を感じ始めた季節。わたしはトイレ前の姿見で格好をチェックした。
普段はなんとなく、『学校に通う』ということもあって制服っぽいシャツとカーディガンとスカートを選んでいたけど。今日に限っては洒落っ気を出してみた。タイトな暖色のモヘアニットセーターにキュロットスカート、上には寒かったときの調節のためにポンチョ。ちょいちょいと、わたしは着崩れてないか確認する。
突然誘ったから、こんなお洒落してきても、無駄になる可能性もあったけど。
「でもあいつら六人が結局、つかず離れずの距離になったって聞いたし……じゃあ、こっちも進展しなきゃだし……せっかくなら、もっと会いたかったし」
スマホを開く。
SNSのアプリで、わたしのアカウントに飛ぶ。
写真の投稿だとかコメントだとかの画面を飛ばし、メッセージ機能で目当ての相手を探す。
言わずもがな、早田君だ。
今朝送った、『今日、二十一時ごろに授業終わるけど会えない?』との送信からはじまる一連の流れが見える。わたしはむずむずして、頬がゆるむのを感じた。
「……『いま授業終わった』っと」
メッセージを送るとすぐに返信が来た。『校門で待ってます』らしい。
ちなみにわたしは割とがんばってくだけた口調で送信しているんだけど、いまのところまだ早田君は丁寧語を外してくれない。まあそれもなんだか可愛い気がしているけど。
というかすべてがすべて早田君であればそれで良い、それが良い。
「うふへへ」
まずいまずい。変な笑い方しちゃった。さいきん気を抜くとこうなりがち。
ぱたぱたと急いで階段を降りていく。
夜の学校は静かで暗く、音が響いてからっぽな感じが強い。
足音の反響が途絶えて、昇降口を出た。貸し出し用のスリッパを下駄箱へ放り出して校庭を歩く。
最初に見つけたのは伸びる影だった。
校門の先、街灯のあかりの下に、早田君がいた。
すらりとした立ち姿で、スマホの画面をじっと見ている。ダンガリーのロングシャツとタイトな七分丈ボトムスを合わせていて、わたしに気づくと顔の高さで手を振った。
「こんばんは、氷雨さん」
うれしそうな顔だった。
こっちも満面の笑みで――変な笑い声が出ないようにすこしは淑やかに――返す。
「こんばんは早田君。遅い時間にゴメンね」
「ううん。誘ってもらえてうれしかった。むしろ僕も、水曜日のどこかで時間つくって会えたらなって思ってたからさ」
「って言っても、早田君も学校とか部活とかあるし、夜あんまり遅い時間は難しいよね……」
「いざとなったら午前だけ休むとかしようかな、って」
「サボるの?」
「やったことないから興味ある」
見るからにまじめそうだもんなぁ、早田君。素朴な雰囲気がほっとさせてくれる彼のそばに近寄って、まじまじと顔を見つめながらそう思うわたしだった。
「でもなんだか、わたしのためにサボってもらうのは……うれしいけど申し訳ないような」
「大丈夫だよ? 中間も結果はよかったし、少しくらい休んでも」
「ぐ、ぐいぐいくる」
「そりゃあ……できるだけたくさん、会いたいし」
かと思いきや照れた感じでちょっと引く。
巧みな押し引きに翻弄されっぱなしのわたしは、心臓の高鳴りが聴こえてるんじゃないかと疑って半歩退いた。
このひとなんでこう、わたしのツボにくる感じの発言ばかりするんだろう? 『いとおしさで駆け出しそう』的なよくある歌詞の意味がいま、真に理解できた気がする。深呼吸して落ち着きたい。
「今日もなるべく長く一緒にいられたら、って思ってるよ。僕は」
「そ、そう……なんだ、ね」
わたしは帰宅時間を素早く頭の中にめぐらした。
どうしても年齢的に、あんまり遅い時間まで出歩いてると補導されるかもしれないけど……ちょっとくらいはいいよね? 軽くご飯とか食べたい。
「じゃあ、よろしくお願いします。近くの、わたしがよく帰りにご飯食べるとこ行っていいかな?」
「いいよ。こちらこそよろしくお願いします」
「お願いします」
「お願いします」
互いに会釈しあう妙な一幕のあと。
わたしたちはふっと笑い合って、夜を歩き出した。
わたしが通っているのは郊外にある、昼は全日制の普通科高校として開かれている場所だ。
辺鄙なところにあるので通学の交通手段はバスしかなく、しかも校門からバス停までが遠い。住宅地のなかをしばらく歩くことになる。
普段は正直、人の気配があるかとかいろいろ気にしながら歩いているしもっと近くなってほしいなぁと思っている道のりなのだけど。
今日に限っては遠くてよかったと思った。早田君がいるから。
「なんか、すごく新鮮」
わたしがぼやくと、早田君は首をかしげた。
あ、ちらっとまた首の黒子見えた。なーんて考えてるとは、知られてるのかどうなのか。今後わたしも、教えるのかどうなのか。そんなことに思いめぐらすことすら、楽しい。
「普段、早田君とはいつも前後の席だったし。歩いてるわけじゃなくて、バスでしか会わなかったから。並んで歩いてるのが不思議なの」
「ああ。それは僕の方も、そうだよ。それと妙に緊張する」
車道側を歩いてくれている早田君は、ほんの少しぎくしゃくと歩いているようだった。
たぶん身長差あるわたしに、歩幅とかペース合わせてくれてるのもあると思う。
でもなにより緊張しているのは――
手をつなぐかどうか。
つなぐとしたら、どのタイミングか。
を、互いに図りかねているからじゃないかなぁ……。
歩き出してすぐに、ぎゅっとやってしまえばよかった。あらためて切り出すのも恥ずかしいし、こういうとき自然な振る舞いってどういうもの? 自然ってなに? ありのままと人工的の境目って? 世の中は謎に満ちている。
「緊張、するよね。わたしもしてるよ」
「なんだかね。うれしいんだけど、気恥ずかしいというか。周りにひとなんていないのに、周りからどう見られてるか気になるというか」
「どう見られてるか?」
「僕じゃ釣り合わないなーとか思われてないかなぁって」
「それ、わたしの方こそ心配してるよ」
「どうして?」
「わたし自分に自信ないし……」
たはは、と肩をすくめる。この空笑いだけは自然に出てしまった。長年しみついた習慣のせいともいう。
「あいつらに比べると……特技とかないし。ぼんやりしてるし」
わたしだけ、というものがなにもない。
だからまあ、自覚があっても、卑屈になるのはなかなかやめられないわけ。悲しいことに。
自分だけの実感……というものに、とぼしい。
「僕も、似たようなものだけどね」
するとそこで、早田君が正面を向いたままで言った。対向車線を走るライトの帯が、彼の顔を照らして過ぎた。
「早田君も?」
「うん。自分に自信なんて、ないよ。だれかよりなにかが優れてるってわけでもないし、大抵のことは僕よりうまくこなせる人が周りにいるんだ」
「そうなの……」
「だから僕にできることって言うと、氷雨さんをなによりも誰よりも優先すること。それくらい、なんだと思う」
言葉を切って、早田君は妙な間を置いた。
それから。
言葉の代わりに、わたしと、手をつないだ。
「ひゃ」
「ご、ごめん。いやだった?」
「あ、や、ごごごめっ、こっちこそ、ごめん。驚いちゃっただけ」
「そっか。よかった。……でも本当に、それくらいだと思う。僕がしてあげられること」
手があたたかい。大きい。やっぱり骨ばってて、しっかりしていた。指先まで包まれてることへの安心感がある。
そんなことを考えてじいっとつないだ手に視線を落としていると、こちらをのぞきこむように早田君がわたしを見ていた。だ、だからそういうの心臓に悪いんだってば。
「でも、だからこそ。それだけはなににも譲らずにいるし、氷雨さんのためになんでもするよ。そう思えるって一点だけは、僕は自分に自信を持てる」
揺るがない瞳で見据えられて、わたしは彼の目に映る自分を見やる。
そのうちに、わたしも自信を持てることがひとつだけあると、気づいた。
「じゃあ……わたしも」
「?」
「わたしも、一点だけ自分に自信を持てること、あったよ。きっとわたしも、早田君のためならなんでもできる。そこだけは、譲らずに自分に誇れると思う」
「……そ、っか」
また早田君は照れて、言葉少なになった。
でもつないだ手の感触がほかのなによりも雄弁で、わたしはこの帰り道がもっとつづけばいい、もっと早田君と触れ合っていたい、と思うのだった。




