11:顔と身体は同じですのに?
帰りのバスにて。
中間が終わったので部活はあったけど、僕は今日から一週間は参加しないことを伝えた。
無駄に察しのいい部長は「彼女でもデキたか?」とずばり言い当ててきたが、かといって今から会うのは『彼女』ではない、というのがなんとも説明に困るところだ。
日差しがゆるみ、風に乾きを感じながら通学路を歩く。
並木道を抜けてバス停にたどり着き、ICカードを通す。
席を探そうと顔を上げて――奥から二番目の窓辺に腰かけていた、彼女に目を留める。
ざっくりしたチュニックにベルボトムを合わせた格好で、スマホへ熱心になにか打ち込んでいた。
顔を上げると、小首をかしげるようにしてふわりと笑った。僕が会釈して近づいていくと、横に置いていたトートバッグをどかす。
「どうぞ」
「あ、こっちに座れと……木花さん」
「べつに横に座った程度では怒りませんよ、氷雨さんも」
ぱちりと片目を閉じて、言う。
服装だけでなく、仕草のひとつひとつにやはり、氷雨さんとのちがいを感じた。
「がらにもなくめかしこんでしまいました。せっかく早田さんにお会いできる機会でしたので」
「そうなんだ」
「ええ。午前は氷雨さんにどうしてもと言われたのでお貸ししましたが、本来木曜はぼくの時間ですから。なるべく楽しい時間を過ごせるよう、服からなにから気を遣いたいところなのですよ」
両腕を軽く広げてそう言われると、こちらも少し困る。楽しみにされていたというのにそれに水を差すどころか、台無しにするようなことを僕は言おうとしている。
けれど、氷雨さんと付き合うと決めた以上不実なことはできない。
あらためて意を決し、僕は木花さんに向き直る。
「せっかく『楽しい時間』とまで言ってもらったのに、申し訳ないと思うんだけど……僕は今日、お断りのために、木花さんに会うことにしたんだ」
「知っていますよ?」
「そっか。知ってたんだ……いや待って? 知ってたの?」
「無論です」
「氷雨さんに聞いたの?」
「いえ。でもまあ、知ったのはあの子経由です。大抵のことは、顔に書いてある娘ですから」
「ああ、表情からバレたのか……」
「それで、早田さんはぼくたち六人をフるご予定なのですね?」
真顔でずずいと詰められるとさすがに言葉を失う。
でもことココに至っては、はぐらかして仕切り直すのも変だ。本当は自分のタイミングでいきたいところだったけれど、僕は素直にうなずいて認める。
「うん。僕は氷雨さんと付き合いたい、と思った。ほかの誰かじゃなくて氷雨さんなんだ。だからみんなには、好きって言ってもらえたけど、お付き合いはできない」
「どんなに頼んでもダメですか?」
「ダメだよ」
「氷雨さんご自身が、浮気しても構わない……と言ってもですか?」
「仮にそう言ったとしても、僕が好きになるかどうかはべつだよ」
「顔と身体は同じですのに?」
「なら、もしも僕が『じつは双子の兄いるんだ。しかも木花さんのことが好きみたい』って言ったら、そっちに乗り換える?」
「……失言でした。ご容赦を。お忘れください」
心底申し訳なさそうに、木花さんは言った。
僕に対する好意がもとでそう口にしたのだろうけど。言い方というのは大事だなと、あらためて思った。
「気にしないことにするけどさ。とにかく、僕には氷雨さんが一番なんだ。ほかのだれかに目移りはできない――したくない」
「意志が強いのですね」
「そういうことになるのかな」
「そうだと思いますよ」
そこで僕から視線を切り、木花さんは車窓の外を眺めるとほうとため息をついた。
なんというか、想定していたよりもはるかに、落ち着いた時間が流れていた。取り乱すとか、どう対応したらいいかわからなくなるような展開も考えていたもので。
やがて彼女の方からまた、僕に目を向ける。
「ですが」
「?」
「まだ、好きでいさせてください。……これはきっと、ほかの五人も同じことを言うと思いますが。気持ちの整理がつくまでは……あるいは」
ここでわずかにいたずらっぽく笑い、木花さんはちょこんと僕の肩を掌で押した。
「万に一つ、あなたがぼくに惚れるまでは」
「……、」
「無反応は一番困るのですが」
「いやキメ顔だったなぁと」
「そういう指摘はおやめください」
落胆したんだか気恥ずかしくなったんだか、とにかく居心地悪そうに身じろぎした木花さんは数瞬の間をおいて僕に頭を下げる。
「……ではこれからは、単に氷雨さんをよく知る者として。交流をつづけていただけたら、と思います。親しき隣人として」
「そういうことなら、僕は構わないよ。まあ氷雨さんが嫉妬深くて、そういうのもヤダって言ったらちょっと勘弁してほしいけど」
「どこまでも氷雨さん優先ですね」
「お付き合いするってこういうことじゃないのかい?」
「そうですね」
楚々とした笑みでやんわりと受け止め、木花さんはあーあ、と言いながら座席に深くもたれて伸びをする。
ややあってから、あ、と思いついた様子でスマホをいじり、なにやら連絡を飛ばし始めたようだった。
「ぼくからもみなさんに、こういう流れがあったとお伝えしておきます」
「え?」
「みんな氷雨さんの態度でうすうすフラれることは予感しておりますので。ぼくもある程度の準備はできておりましたが、明確にわかっている方がなおよいでしょう。早田さんの負担にもなりませんし」
「……ありがとう」
「いえ。こういう細かな気遣いでポイントを稼いでおけたらという利己的な行動にすぎませんよ」
そこを自分で口に出してしまうあたりが、この人なんだか苦労人っぽいな、と思わせるところであった。
僕は重ねて感謝を口にしつつ、続ける。
「それでもありがとう。……僕、最初に会ったのが木花さんで、よかったなと思うよ」
「え?」
スマホ画面を打つ手を止めて、木花さんは丸くした目だけでこちらを向く。
「いや、これから六日間にわたってみんなにお断りしていくわけだから。正直、気持ちとしては重たい部分あった。通しておいてもらえるのは、少しズルい気もするけど楽になるところもある」
「……ああ、そういう意味ですか」
すっと目を細め冷めさせ、木花さんはまた打ち込みに戻った。
口の端だけで笑う。
「まるで共犯のようですね。信頼してください、早田さん」
「うん。信頼するよ」
「信頼からもう一歩進んで、愛してくれても構いませんよ?」
「それはない」
「そこを『ない』という断言ではなく『ないかなぁ』とか、ぼかした言い方にさせるところからがぼくのスタートになりそうですね」
したたかで狡猾なことを木花さんは言う。……なんだかへたな発言をすると言質取られそうだな。ちょっと僕はびくつく。
「けれど、その一途さこそが。早田さんの中で、なにより好ましいものだと映りますよ……あとはそれが自分に向いていればなおよし、というところですが」
ふふんと鼻にかかるような声で笑う木花さんは、もう一度僕の方へ向き直るとウインクしてみせた。
いくら頭でわかっていても、そういうのはダメでは? と思っていても。やっぱりその顔のなかに氷雨さんの影を探してしまうので、僕はあわててよそを向いた。




