1:告白という行為は、フラレたときのためのあらゆる心の準備からはじまる
『――告白という行為は、フラレたときのためのあらゆる心の準備からはじまる。』
どこかのだれかが、いつかの時代に言っていた言葉だ。
僕は長い間この言葉に「重みがあるなぁ」「深いなぁ」という、漠然とした感想を抱いて生きてきた。
けれど実際。
告白という行為に至ってみて。
この言葉がいかに軽くて浅くて役に立たないものだったのかを……散々、思い知ることとなった。
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暦が秋を目指しはじめたころ、好きなひとができた。
部活がなくて帰りの早い水曜にだけ、学校帰りのバスで会う女の子だ。
制服らしき格好で、ボリュームのある色素薄い髪をやや長めに伸ばしており、前髪の下の眼はすこし伏せたような印象。
彼女――七原氷雨は僕がバスに乗ってきたことに気づくと、そのときだけわずかに顔を上げる。
軽くぺこっと頭を下げてくれる。
僕も頭を下げる。
「――こんにちは、早田君」
控えめな態度の氷雨さんはあんまりこっちと目を合わせずに、鈴を転がすような声で言う。
その横顔の可愛さにドキっとして身動きをぎくしゃくさせながら、僕は彼女のひとつ前の座席に腰を下ろす。
緊張が伝わらないよう願いつつ、背もたれに肘を載せて振り返り。
自然とほころぶ顔のまま、雑談にのぞんだ。
「やぁ。一週間ぶり」
「一週間ぶり。中間テストの勉強、がんばってる?」
「ぼちぼちだな。氷雨さんは?」
「数Bと古文以外なんもしてない」
「堂々とサボってる……!」
「いいのいいの。先のことは先のわたしに任せるってことで」
「いいのか」
「ん。……ていうかわたし、どうせそれ以外受けないし」
「?」
「ん、なんでもない」
いつもこんな感じで、向こうがバスを降りるまで他愛のないことを話す。
互いの学校の話。
十月にオープンするお店の話。
この時間帯のバスの運転が荒い話。
むかしこの辺りにあった映画館の話。
大した内容ではないし、話題もバラバラ。
ちょっとしたきっかけで二ヶ月ほど前に互いを認識した僕らが、どうも地元育ちで生活圏が被っているらしいことを確認する会話が多い。
だから彼女について全然、詳しくないのだ、僕は。
そんな僕はある日、部屋の掃除中に古いアニメ映画のパンフレットを見つけて、「これ、氷雨さんも当時観てたのかなぁ……」と思った。
だから次に会ったとき、訊ねてみた。
「『ローリングサーガ』って観たことある?」
「むかし観たよ。いまはもう無くなっちゃった、あの映画館で」
「ほんと? じゃあ一緒に見てたかもしれないな」
「かもね。……アレ、サブスクとかに配信されてないかな。ちょっと見たくなってきちゃった」
「僕もだ。タブレット持ってこようか、今度」
「うーん、でもわたし車の中で映像見ると酔うんだよね……」
「そっか……」
「……あー、喫茶店とかで。一緒に見る?」
「え、いいの?」
「早田君がよければ」
氷雨さんは少しだけ弾んだ口調でそう返してきて、そこからしばらく映画の話をした。
僕は思い出を共有して、映画を見る約束ができたのが、うれしかった。
それから、もっと彼女のことを知りたいな、と思った。
なんでもいいからもっと話したい、とも思った。
でもどうせなら、彼女が笑ってくれるような話ができたらいいな、と考えた。
そうやって過ごしているうちに……
ふとした瞬間、氷雨さんのことばかり考えている自分に気づいた。
彼女がたまたまバスに乗っていなかった日に(あとから、病院に行っていたと聞いた)「このままもう会えなかったらどうしよう」と焦りを覚えた自分に、気づいた。
一週間を待ち遠しく思っていることを――自覚した。
だから、告白すると決めた。
「なぁ。ちょっと、いいかい」
「なに? 早田君」
「その……ぁー……えーっと……」
「?」
口ごもる僕。
不思議そうに首をかしげる氷雨さん。
彼女が降りるバス停に着くまで、残る停留所は二つ。
……ここを逃したらまた一週間、毎晩じたばたすることになるだろう。
ここで、いくしかない!
意を決した僕は背もたれに両手をついて立ち上がり、
彼女に正面から向き合うと、
言った。
「きみが、好きです。毎日会いたいし、もっと近づきたい。お付き合いしたいと、思っています」
噛まずに言えた、とただそれだけは安堵。
二人のあいだに、沈黙が落ちる。バスの振動と空調の音がうるさい。
永遠みたいな、緊迫の数秒が過ぎる。
いつも伏し目がちな彼女は目を丸くして僕を見上げ、口を開きかけていた。
けど結局閉じて。
細い喉を鳴らして。
すわった目をして。
一拍置き、返事をくれた。
その内容は――
「……わたしと付き合うと、浮気することになるよ?」
――という、予想も想定もしていないもので。
『フラレたときのためのあらゆる心の準備』なんて、まるで役に立たないのであった。




