第七話「ガイダンス」
ゲルハルトさまがドアを開けると、そこには昨日と同じ半人半狼の少女が立っていた。手にはバスケットを持ち、中には折りたたんだギンガムチェックの布が入っている。
「おはよう! バスケット返しに来たよ」
「おはよう、ゾラちゃん。今朝の新聞は、よく売れた?」
「ああ、すぐに売れたよ。どこかの貴族の女が内緒で若い男と付き合ってるのが旦那にバレて、その女の父ちゃんがお偉いさんだったもんだから、父娘ともども周りから袋叩きに遭ってるってスキャンダルがあったみたいでさ。――あれ、見ない顔だね。誰だい? 悪い奴には見えねぇけど」
トップ記事の内容を得々と語りつつ、ゲルハルトさまにバスケットを返却した少女は、ふと視線を背後に向け、ご主人さまと僕のことを下から上まで観察し始めた。どうやら、昨日はドーナツに夢中で、僕たちの存在に気付いていなかったらしい。
ご主人さまは、僕を両手で抱え上げると、腕の中で撫でながら言った。
「私は新米魔女のレベッカ。レベッカ・ローズよ。昨日から、ここの二階にご厄介になっているの。それで、この子は使い魔よ。よろしくね!」
「僕はスノウ。吠えたり噛んだりしないから、安心して」
僕らの自己紹介を聞いた少女は首を傾げ、どう答えていいか迷っていたみたいだった。だけど、ゲルハルトさまが彼女の背中に手を添えて微笑むと、少女は堂々と胸を張って言い切った。
「あたしはゾラ。ゾラ・ズヴォネク。頭の出来は少し悪いけど、身体は丈夫だから、頼みたい仕事があったら何でも相談しな。タダでは働かねぇけど、役には立つぜ」
「ゾラ・ズヴォネクちゃんね。ゾラちゃんって呼んでいい?」
「『ちゃん』は要らない。気軽にゾラと呼べ。あたしもレベッカと呼ぶから」
「分かったわ」
「あらあら、ゾラちゃん。レベッカちゃんのこと、気に入ったの? 呼び捨てられるの、嫌いじゃなかったっけ?」
「別に良いだろう? 見た感じ、歳もそれほど離れて無さそうだし」
「そういう時は、素直に可愛いって言えばいいんだよ」
「ちがっ。そっ、そういうアレじゃない!」
ゲルハルトさまに見破られて、ズヴォネクさまは狼狽しながら口では否定したものの、背後ではフサフサの尻尾が仔犬のようにブンブンと左右に振れているので、概ね好印象であることは間違いない。
それから、ご主人さまはズヴォネクさまに僕を触らせてみたり、頭の上でピクピク動いている獣耳を触ってみたりして、朝のエントランスに何とも平和なひと時が流れた。
そのあと、そろそろ次の仕事の時間だからといって帰ろうとするスヴォネクさまを、ゲルハルトさまは呼び止め、ひとつの提案をした。
「待って、ゾラちゃん。実はレベッカちゃん、昨日の昼下がりに到着してから、まだ何処にも出掛けてないの。あたしはお店のことで忙しいから、代わりに案内してやってくれない?」
「それは困る。あたしにだって、ベビーシッターの仕事があるんだ」
「もちろん、タダ働きはさせないよ。一日ちゃんと案内できたら五千シグリンってことで、如何?」
「五千! 本当に払ってくれるんだろうな?」
「もちろん。その代わり、右も左も分からないお嬢さんを、キチンとエスコートして満足させてあげなきゃ駄目よ。出来そう?」
「任せておけ! この街に、あたしの知らない場所は無い」
「頼もしいわ。でも、ベビーシッターの方は、どうするの? まさか、赤ちゃんをおんぶしながら案内する気じゃないでしょうね?」
「大丈夫、大丈夫。そっちは、代わりの奴に頼むから」
こうして、ご主人さまが口を挟む隙も無いまま、身支度をしてズヴォネクさまと街へ出掛けることが決定したのであった。




