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第六話「朝はほのぼの」

 重要な決断をするべきではないタイミングというのが、大きく分けて三つある。一つは空腹時、一つは立腹時、そしてもう一つは日没後である。お腹が空いているときは栄養不足で頭が回らないし、怒って感情的になってしまうと冷静な判断が出来ないし、夜は一日の疲れが(たま)まっているし、視界の暗さが不安を()き立ててネガティブな連想に結びつきがちだからね。

 要するに、ぐっすり眠って朝になったら、昨夜の些細(ささい)な悩み事は自然と解消されていることが多いってこと。今朝のご主人さまも、昨夜の憂え顔が(うそ)のように元気溌溂(はつらつ)としている。食欲もあるらしく、ゲルハルトさまがフライパンで次々に焼き上げる熱々のパンケーキに、ミルクピッチャーに入った蜂蜜をたっぷりかけて一枚、また一枚と平らげている。

 平皿に注がれたミルクを()めつつ、横目で胸のすくような食べっぷりを見ていると、ご主人さまは僕の視線に気付き、ナイフでひと口大に切ったパンケーキをフォークに刺し、僕の口元へ近付けてきた。断面からは、まだ少し湯気の筋が立ち昇っている。


「はい、スノウ。あーん」

「僕の分は結構ですよ、ご主人さま」

「遠慮しなくていいのに。美味しいのよ?」

「お母さまの手料理よりも、ですか?」

「ママより断然料理上手ね、って何てことを言わせるよ!」


 軽口の意味が分からないだろうから注釈を入れると、ご主人さまのお母さまは、お世辞にも料理上手とは言えない方なのである。ちなみにご主人さまも、過去にアップルパイを消し炭に変えるというミラクルを起こしたことがあり、ジュニアスクールの先生から「料理上手な殿方を見つけた方が早そうだ」と(さじ)を投げられたことがある。親子って、本当に変なところばかり遺伝するものだよね。


「ご自身で仰ったんでしょう。僕の所為ではありません」

「誘導したのはスノウじゃない。いいから、食べてみなさい。ほらほら」


 いくら右へ左へ顔を背けても、ご主人さまは動いた先にフォークを移動させて逃がさないので、僕はパンケーキを口にするしかなかった。せめて充分に冷めた物にしてもらいたいものだ。


「どう、スノウ? 美味しいでしょ」

「熱さで、味がよく分かりません」

「アハハ。それは残念だわ」


 こんなやり取りを交わしているうちに、ゲルハルトさまも調理を終えてテーブルに着き、朝食の席は更に(にぎ)やかなものとなった。

 今朝の空模様から洗濯物を干すかどうかという話が始まり、天気によって街を歩く人の流れが変わってドーナツの売れ行きも異なるという話に移る頃には、お皿の上にパンケーキは一枚も残っておらず、グラスの中のオレンジジュースも、半分以上減っていた。

 

「それでね、――誰か来たわね」

「ゾラちゃんかしら?」


 ノッカーの音を聞き取ったゲルハルトさまが立ち上がって廊下へ向かうと、ご主人さまも後に続いたので、僕も椅子からヒョイと飛び降りて二人を追いかけた。

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