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第五話「圧し潰されそうな夜」

 言うまでもないと思って前回端折ったけど、ディナーの席で、僕が人間や獣人に合わせたサイズの椅子にどうやって座ってたのか補足すると、革張りの分厚い本を重ねたという一言に尽きる。

 決して食事中ずーっと羽撃いていた訳ではないから、誤解なきように。


「とうとう修業が始まったのね~」

「そうですね、ご主人さま」

「ちょっと思ってた感じと違ったけど、面白いことになりそうな気がするわ」

「そうですね。退屈はしないでしょう」


 午後に片付けた二階の部屋で、丈の長いナイトガウンに着替えたご主人さまは、ベッドの上で腰から下に薄手の毛布を掛けて半身を起こした状態で、出窓で丸くなっている僕と会話を交わしている。ご主人さまの視線の先、つまり出窓の向こうでは、(かす)みがかった雲の切れ間から月が顔を出している。

 ランプを消した部屋で月明かりだけに照らされたご主人さまのお顔は、昼間より陰影がハッキリして見える気がする。ひょっとしたら、僕は空飛び猫で夜目が効くから、そういう風に視えているのかもしれないけど。


「ねえ、スノウ。今頃、パパとママは、どうしてると思う?」

「さあ、どうでしょう。僕には、愛する娘の安否が心配で心配で落ち着かないお父さまを、取り越し苦労だからおやめなさいといって(なだ)めているお母さまの姿が、ありありと想像出来ます」

「ふふっ。パパは心配性だもんね。スノウの予想が当たって、クシャミしてるかも」

「落ち着いたら手紙を出すという約束ですから、今のうちから便箋に何を書くか考えておいてくださいよ、ご主人さま」

「はいはい。今日の出来事なら、あとで思い出せるように、ちゃんと日記に書いておいたから」


 そう言いながら、ご主人さまは視線を反対に向け、ドアの近くに置かれている机の上を見た。机の上には日記の他に、魔導書、薬草を入れておく小さな瓶とコルク栓、試料を混ぜ合わせる乳鉢と乳棒、細かな素材を(つか)むピンセットなどが適当に並んでいる。

 視線を少しずらしてワードローブの横を見れば、コートハンガーにローブと帽子が掛けられ、そして傍には(ほうき)が立て掛けられている。

 塵埃(じんあい)に塗れていた空き部屋は、たった半日で、誰がどう見ても魔女がいると一目瞭然の空間に生まれ変わったのである。

 再び視線をベッドの方へ戻すと、ご主人さまは上体を倒して毛布を肩まで引き上げ、枕に頭を乗せた。そして、伏し目がちに何かを訴えるような表情で僕を見ているのに気付いた。


「どうかしましたか、ご主人さま。枕が変わって、うまく眠れませんか?」

「ううん、そういう訳じゃないんだけど……、いや、そういうことなのかしら。なんとなく、このまま目を閉じるのが怖いのよ」

「安心してください。僕は、どんな僅かな物音も敏感にキャッチ出来ますから、不審な動きがあれば、すぐに反応してお知らせします」

「うん。それは有難いんだけど……。ああ、もういいや!」


 急に捨て鉢な言葉を吐くと、ご主人さまは毛布を跳ね上げてベッドから降り、その勢いで僕の首根っこを(つか)み上げると、そのまま僕をベッドの上に放り投げた挙句、片手で僕を抱きしめ、もう片方の手で毛布に包まった。さながら、ご主人さまと僕は羽化前の(ちょう)(さなぎ)のような形をしている。

 抱きしめられて初めて判ったのだが、どうやらご主人さまは、不安で堪らなくなっていたらしい。心拍数が上がっており、両手も微かに震えている。

 正直、僕としては少し息苦しく感じているので、出来ればすぐにでも解放して欲しいところではあるのだが、十代半ばにして異郷の地で僕以外に誰も知り合いの居ない環境に置かれているご主人さまの孤立感や孤独感を想像するに、無理に拘束を振りほどいて無下に突き放すような真似をするのは、得策ではないだろう。


「スノウ。私、ちゃんと出来るかな?」

「大丈夫ですよ。ご主人さまには、ちゃんと立派な魔女になる素質があります」

「本当?」

「ええ、本当です。これまで何人もの魔女と修業を共にしてきた僕が言うのですから、間違いありません」

「……そうね。わかったわ、スノウ」


 僕の答えを聞いて安心したのか、ご主人さまは静かに(ひとみ)を閉じた。

 しばらくそのままの状態で我慢していると、耳元でスースーと安らかな寝息が聞こえてきたので、僕は抜き足差し足で腕の間から身体を抜き、サイドボードとチェストの上を経由して窓辺に戻った。そして、大きな欠伸を一つ漏らしてから、折りたたんであるタオルの上に身体を丸め、眠りに就いた。

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