第四十三話「新たな関係の始まり」
ドレスに着替えたご主人さまとズヴォネクさまが謁見の間に姿を現すと、女王陛下の許可により、エンゲルブレヒテさまの手で籠の鍵が外された。
晴れて自由の身となった僕は、笑顔で駆け寄ってくるご主人さまの肩に飛び乗った。ベルベットのクッションも油断すると眠ってしまいそうなほど快適だったが、やほり僕は、ご主人さまの傍に居るほうがが性に合っている。
一方で、ズヴォネクさまは王座に腰を下ろしている若さまにズカズカと歩み寄ると、腕を組んで仁王立ちになっている。両者の目からは、見えない火花がバチバチと飛んでいる。
「もう、逃がさねぇぞ。若さまが王子さまだとは思わなかったが、そんなことはあたしの知ったこっちゃない。往来でか弱いレディーにおぶつかり遊ばした上に、あまつさえあたしの神経を逆撫でするようなことをのたまったのだから、落とし前をお付けになっていただこうじゃないか!」
「まったく、敬語の使い方以前の問題だな。まあ、僕に非が無い訳ではなかったから、この場を借りて謝ろう。立ち上がるから、あと三歩下がりたまえ」
「はいはい、お退きさせていただきますよーだ。反省してるという割には、どこまでも偉そうな野郎だな」
よく分かっていてワザとやっているのか、それとも全く立場が分かっていないのか知らないが、物怖じしないを通り過ぎて豪胆とすら言えるズヴォネクさまの態度には、若さまも怒りを通り越して呆れてしまっている様子。
ともかく、ズヴォネクさまが言われた通りに三歩ほど下がったので、若さまは一旦王座から立ち上がり、二人に向き合うようにして片膝をカーペットにつく形で跪いた。
「先日の御無礼をお許しください、お嬢さま方」
「えーっと。……ねえ、スノウ。こういう時、私は、どうするのがマナーなの?」
小声で助け舟を求めてきたので、僕は耳元でアドバイスをした。
「あくまで僕の知る限りですが、許す場合は懐から扇子を出して肩を叩いて起立と握手を求め、許さない場合は白手袋を脱いで頬に投げつけるのが、現王朝でのしきたりだったはずです」
「よっしゃー! いけ好かない澄まし顔に、豪速球をお見舞いしてやれ!」
「ちょっと待って、ゾラ。ここまで来て、何を怒る要素があるの?」
「へへっ。何も本気で引っ叩いてやれとは思ってないさ。ただ、言うだけ言わなきゃ胸がスッとしなかっただけだ。判断はレベッカに任せるよ」
「もう、心臓に悪いことをするんだから……」
ご主人さまは、最後に悪戯っぽくウインクしてきたズヴォネクさまに対し、ヤレヤレといった調子でフーッと息を漏らした。それから、若さまの方へ正面から向き直り、懐に挿している透かし彫りの扇子を取り出すと、若さまの肩をトントンと優しく叩き、扇子を懐に仕舞って右手を差し出した。
若さまは、立ち上がってご主人さまの手を握り、少し気恥ずかしそうに目を合わせた。
「懐の深さに感謝する」
「とんでもない。一般市民の私には、畏れ多いほどです。あっ、そうだ!」
ご主人さまは名残惜しそうに、そっと握られた手を離すと、再び懐に手を入れ、今度は以前に若さまが落とし去ったハンカチと羽根を取り出した。若さまは、手元の二点を注視しながら不思議そうに言った。
「おや? これは、失くしたとばかり思っていたよ。君が持っていたんだね」
「はい。もしもお会いする機会に恵まれた時にお渡ししようと思って、大事に保管していました。お返しします」
ご主人さまが二点を両手で恭しく差し出すと、若さまは顎に片手を当てて思案してから、五指を真っ直ぐ伸ばした両手でご主人さまの手を押し返しながら言った。
「それらは、君が持っていたまえ。きっと、のちのち役に立つはずだ」
「えっ、でも、大事な物でしょう?」
「その通りだが、君になら構わない。いいから、遠慮せず貰ってくれ。品質の確かさは保証するよ」
「ですけど、殿下……」
なかなか受け取ろうとしないレベッカに対し、レースの向こうで全ての会話を清聴していた女王陛下が、柔らかながらも毅然とした口調で言った。
「これも何かの縁だと思って、受け取っておきなさい。その羽根は、狩人が猟の無事への祈りを込めて身に着ける御守のような存在です。肌身離さず持っていれば、きっと貴女に加護を齎すことでしょうから。よろしいですね、ローズ嬢?」
「はい、女王陛下」
鶴の一声により、この場は丸く収まった。
だが、そう思った矢先、僕は自分が重大なミスを犯していることに気付かされた。
「それでは、フランソワ殿下とローズ嬢という若い二人の親交関係に幸多からんことを祈りつつ……」
エンゲルブレヒテさまが次の段取りへと進めようとし始めた時、ご主人さまは動揺した様子で僕に尋ねてきた。
「ねえ、スノウ。勝手に話が進んじゃってるけど、親交関係ってどういうこと?」
「それは、あたしも知りたいな。妙にとんとん拍子に進むと思ってたんだが、どういうカラクリが潜んでるんだ? きっちり耳を揃えて過不足なく喋ってもらおうじゃないか」
昨日の密談内容について、ご主人さまに説明した気になっていた僕は、何も知らないまま単純に僕を助けに来た二人にどう事情を伝えたものかと頭を抱えてしまった。




