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第四十二話「アンビバレンス」

 君たちの世界に、棚から牡丹(ぼた)餅という(ことわざ)があるだろう。思わぬ幸運に恵まれるという意味の言葉のはずだ。

 そして、針の(むしろ)という慣用表現もあるはずだ。片時も心休まらず、居た堪れない気持ちに置かれることを意味する言葉だったと記憶している。

 目下、僕はその二つの言葉が似合いそうな場面に遭遇している。一見すると二律背反を起こしそうなのに、どういうことかと思うかもしれないね。説明のために、ここまでに起きたことを順を追ってお教えしよう。


 まず、僕が置かれている周囲の状況を伝えるね。

 僕は今、猛禽(もうきん)類を飼うのに使うような丈夫で大きめの鳥籠に入れられ、籠そのものは背凭(せもた)れと肘掛け付きの椅子の上に安置されている。籠の底には艶やかなベルベットのクッションが敷いてあり、出入口に南京錠が掛かっていて逃げられないこと以外は、申し分ない待遇を受けている。

 しかし、その快適さを心置きなく味わえる訳では無い。というのも、椅子が据えられているのが王宮内で一二を争う絢爛(けんらん)華麗さを誇る謁見の間で、カーペットを挟んだ正面には若さまことフランソワ殿下が王座に腰を下ろしてコチラを見ており、カーペットの先の上座には、レース越しに女王陛下が玉座に鎮座ましているのが(うかが)える。王座の後方には、扉横でエンゲルブレヒテ氏が控えているのも見える。


 そして、ここから更に理解の範疇(はんちゅう)を超えそうなことを言おう。僕をこの王宮まで連れてきた銀鱗(ぎんりん)ドラゴンの飼い主は、女王陛下だった。

 断っておくが、これはこの世界でも珍しいことで、本来、ドラゴンは警戒心や自尊心が高く、滅多なことでは人間に懐かない存在である。だが、女王陛下は、伝統に則り近侍を従えて狩りへ出掛けた際、獲物を追って偶然分け入った森の奥で、運悪く義賊が仕掛けた(わな)にかかって衰弱してしまったドラゴンと、鈍色に光る卵を発見したのだという。そして不幸なことに、(わな)にかかったドラゴンは衰弱してもなお陛下たち人間が接近することを拒んだため、手当てが間に合わずに程なくして命を落としたのだそうだ。


「母上。義賊を一掃することは出来ないのですか?」

「取り締まろうにも、義賊は密猟で得た軍資金は、自分たちが贅沢言わずに暮らしていける分を除いた残りを全て麓の貧困家庭に寄付しているのです。一掃すれば解決するという単純な問題ではなく、若者が新たに義賊にならぬよう適切な道徳教育を普及することと、麓の民の生活が向上するよう職業訓練の場を設けることを進め、時間を掛けて改善を図っているのです。禁令を出すのは簡単ですが、合理的でない規制が遅かれ早かれ大きな反動を引き起こすことは、幾多の政治史が証明していることでもありますよ」


 言葉遣いは丁寧ながら、語勢に威厳を感じるものだから、周囲に不用意な発言は出来そうにない雰囲気を醸成している。レース越しにも威圧感を覚えるのだから、陛下と殿下は格段に都の命運を背負って立つ覚悟が違うのだろう。

 このあと、陛下は亡くなったドラゴンを丁重に葬ったことと、あとに遺された卵を保護と生態研究の目的で持ち帰ったところ、奇跡的に孵化(ふか)に成功し、しかも産まれた(ひな)が陛下のことを親ドラゴンだと認識したのだということを説明された。


「人間の世話など拒絶するだろうと予想していただけに、仮説を覆す結果に私も研究員も驚愕(きょうがく)いたしました。そして、成長記録を続け、知能の高さを検証しようと試験を重ねているうちに、着用していた衣服や携帯していた遺失物から持ち主を探すことが可能であると判明しました。決して狭くはない王都の中から貴方を探し当てることが出来たのは、以前の来訪によって絨毯(じゅうたん)の上へ残存した獣毛や羽根を手掛かりとすることが可能だったからです」

「その節は、事前のお伺いも立てずに神聖なる宮殿に侵入し、申し訳なく存じます」

「謝罪の必要はありません。我々王室にとって有意義な提案をするためだったのですから。――貴方もそう思うでしょう、フェルディナン?」

「はい、母君の仰せの通りです」


 流石の若さまも、陛下には逆らえないらしい。

 せっかく若さまとお会いする機会を得られたのに、これではこちらから話し掛けるのは難しそうだ。


「陛下、殿下、ご報告があります!」


 そう言いながら謁見の間に勢いよく駆け込んで来たのは、騎士団の制服を身に着けたイバルロンドさま。パカパカ、いやツカツカとカーペットを早足で歩いていくと、垂れ下がるレースの一歩手前で立ち止まり、足を折って片手をカーペットに着け、頭を垂れながら連絡事項を伝える。


「そちらの空飛び猫の主人である由緒正しき魔女のレベッカ・ローズ嬢と、彼女の専属案内人(ガイド)を名乗るゾラ・ズヴォネク嬢がやって参りました」

「水先案内人が同行しているとは聞いていませんよ。どういうことですか、エンゲルブレヒデ?」

「畏れながら申し上げますが、(わたくし)も案内人の存在までは把握しておりません」

「……まさか、あの半(おおかみ)のガキか?」


 若さま本人は口に出したつもりは無かったのだろう。だが、針の落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれたこの謁見の間では、たとえ小声であっても、聞き逃されるはずもなかった。


「フェルディナン。貴方、心当たりがありそうね。何時、何処で出会ったかの説明も聞いておきたいことですし、女性の扱いに不慣れで無礼な態度を取りがちな貴方のことですから、場合によっては彼女に謝る必要性もありそうです。――イルバロンド。速やかに客人として、この場にお連れしなさい」

「はっ、女王陛下!」

「それから、エンゲルブレヒデ。貴方は、至急二人分の着替えと紅茶の用意をするようにと、メイド長に伝えて来なさい」

「承知いたしました」


 ふう。ようやく人質ならぬ空飛び猫質から解放されそうだ。

 それにしても、正面に座っている若さまの表情といったら、期待感と嫌悪感が心の中で激しく戦った末に渾然(こんぜん)一体となってしまったようで、何とも言い表しようのない年不相応な苦み走った顔をしている。ご主人さまと再会できるのは(うれ)しいものの、ズヴォネクさまと相見えるのは真っ平御免なのだろう。

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