第四十一話「想定外の飛び入り」
監視する必要が無いと判断し、睡眠不足を補うために目を閉じていたが、背中に何かが当たっている感覚を覚えたため目を開いた。すると、ご主人さまが僕の翼の付け根あたりに鼻を近付けている光景が映った。
「何をしているのですか、ご主人さま?」
「う~ん、お日さまの匂い♪」
「幸せそうな表情をされているところ恐縮ですが、むず痒いので顔を離していただけますか」
「じゃあ、これでラストね。……はい、おしまい!」
至近距離で深呼吸した後、ようやく僕はご主人さまから解放された。君たちの世界でも、愛猫家が「猫吸い」と称して抱え上げた陸歩き猫の腹部に顔を埋める行為があるそうだが、タイミングや回数には気を遣ってやって欲しい。それが何故かは、される側の立場になれば自然と分かるはずだ。まったく以て、人間の行動は謎が多いものだ。
「ところで、ズヴォネクさまはどちらに?」
「ガレージよ。箒を持つ手が滑らないように、革手袋を借りに行ってるところ。私のだと、指が一本分多いから」
手も足もほぼほぼ五本指を持つ人間とは違い、獣人は種族によって手足の形や指の本数が異なることが多い。その為、グローブやソックスは、身体に合った物が必要になるのである。ちなみにだけど、この世界で任侠の道を極めたコワ~イ獣人のお兄さんたちは、獣耳に切れ込みが入ってたり、尻尾が不自然に短かったりするので、不用意に近付いたり声を掛けたりしてはいけない。
さてさて。そんな余談を披露しているあいだに、ガレージからズヴォネクさまが出てきた。こちらに向かって両手を大きく振りながら走ってきており、その手首から先には革手袋を填めている。
「待たせたな! ちょいと中ですったもんだがあったもんだからさ」
「すったもんだって?」
「手早く探し物をしたいあたし、ヴァーサス、物の置き場所を変えられたくないフクロウ野郎ってところさ。まっ、見つかったから結果オーライだけど」
きっとガレージの中では、思考を乱されたレオナールさまが疲弊しているに違いない。邪魔にならない場所で研究していただけだというのに、災難なこと。
まあ、それはともかくとして、ご主人さまはズヴォネクさまに箒へ跨るよう指示し、いきなり一人では乗れないだろうということで、その後ろに跨った。
「レベッカも一緒に乗るのか? 出来れば、あたし一人で飛んでみたいんだけど」
「早く飛びたい気持ちは分かるけど、飛行魔術は暴走すると怪我するだけじゃ済まないの。私が居た青リンゴ村では、過去に何度かスピードの出し過ぎや急な方向転換による飛行事故が起きていて、そのうち何人かは命を落としているんだから。せっかく出来た友達を、私の不注意で失うのは嫌よ」
「おお、それはあたしもイヤだな。わかった。で、どうやれば良いんだ? 呪文か?」
「呪文の前に、想像して欲しいの。箒に乗って大空を飛んでる姿や、そこから見えるであろう景色、吹き抜ける風なんかを、出来る限り細かくね」
「想像力が大事って訳か。よーし。それじゃあ、ここから上に飛んだら何が見えるか、鳥にでもなった気持ちで思い浮かべてみよう」
しばし黙って目線を前方上方に向けてから、ズヴォネクさまはおもむろにご主人さまの方へ振り返った。
「南へ商業区、東西に住宅街、北には大きな川。バッチリ想像できたぜ」
「この辺りに関しては。私より詳しそうね。それなら、詠唱文を教えるわ。今のイメージを忘れないようにしながら、私に繰り返して言ってね。――樹炎城鋼氷、箒よ飛べ!」
<樹炎城鋼氷、箒よ飛べ!>
ズヴォネクさまが威勢よく詠唱すると、箒に跨った二人の身体は、ゆっくりと地面を離れ、じっくりと時間を掛け、今朝早くに投げ縄が掛けられた煙突の高さまで浮遊した。僕も羽根を広げ、二人の邪魔にならない付かず離れずの距離を保ちながら飛ぶ。
「おお、すっごいな! ちゃんと浮かんだぜ、レベッカ!」
「バランス感覚はバッチリね。今度は、あの赤い実が生ってる樹まで近付いてみましょう」
「あれは、スイートベリーだな。もうちょっと黒っぽくなったら食べ頃だけど、あの赤さではまだ酸っぱそうだ」
「あのね、ゾラ。私たちは箒に乗る練習をしてるのであって、ベリー狩りに行きたい訳じゃないのよ?」
「わかってる、わかってる。食べ物を見ると、つい食べ頃を考えちまうだけさ。それで、どうやって前へ進むんだ?」
「えーっとね。まず、自分の身体の真ん中に真っ直ぐな棒が通ってるところを想像するの」
「身体を喧嘩独楽の独楽に譬えて良いか?」
「ケンカゴマって?」
話が通じていないので、僕が補足をした。君たちの世界にも似たような工芸品があるらしいけど、念の為に説明するね。喧嘩独楽とは、円錐形に削り出した木材に金属製の軸を通した独楽を用意して、それに麻紐か何かを巻き付けて何人かで同時に決められた陣地に投げ、最後まで弾かれたり壊れたりせずに陣地に残ったら勝ちという遊びのこと。名前に喧嘩と付くし、独楽をぶつけ合う荒々しい遊びだから、どうやらご主人さまのお母さまは、お淑やかな女の子がすることではないとして、ご主人さまが喧嘩独楽で遊ぶのを良しとしていなかったみたい。
「なるほどね。それなら、その独楽の軸を行きたい方向に傾ける感じになるわ」
「オーケー。こんな感じか? ――うおっ!」
右へ、左へ。飛行魔術で一番難しいのは、自分が思ってる方角へ進むことと言っても過言ではない。ズヴォネクさまとご主人さまは、しばらくのあいだ、文字通りの右往左往をしていた。
だが、そのうちズヴォネクさまが徐々にコツを掴み、数多の試行錯誤の末に、ようやく目的地点に辿り着くことが出来た。ひと足先に到達したご主人さまとズヴォネクさまは、木陰に座って休憩を取っている様子。
では、僕も降りるとしようかな。そう思った矢先、背後でバサッバサッという音が聞こえてきた。振り返ると、コンドルくらいの大きさの生き物が、こちらへ向かって一直線に迫っていた。
「スノウ、後ろ!」
「ドラゴンだ!」
鳥かと思った生き物の正体は、まだまだ成長途中の小柄な銀鱗ドラゴンだった。
だが、小柄といえどもドラゴンはドラゴン。猛スピードで迫り来る相手を咄嗟に躱せるはずもなく、僕の身体はドラゴンの足にがっしり掴まれ、そのまま旋回して連れ去られてしまった。
ご主人さまとズヴォネクさまは、見失うまいとして慌てて立ち上がって追い駆けようとしたみたいだけど、残念ながら全く追い付いていない。
ああ、僕は何処へ連れて行かれてしまうのだろうか。無事に帰れたら良いのだけど。




