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第四十話「重力と反重力」

 ブレックファーストを終えたあと、ゲルハルトさまは店舗の厨房(ちゅうぼう)に、レオナールさまはガレージへ向かい、ご主人さまとズヴォネクさまは、おのおの(ほうき)を持って庭先に出た。ズヴォネクさまは食事時と変わらない格好だが、ご主人さまは動きやすく汚れても良いような服装に着替え、諸々の道具を入れた革のバッグを肩から斜め掛けにしている。

 僕は、初めて誰かに魔法を教えるご主人さまと初めて魔法を習うズヴォネクさまとの何とも初々しい様子を、日当たりの好い花壇の煉瓦(れんが)の上に座って監督している。


「それで、最初は何からやるんだ、レベッカ先生?」

「先生は、よして。まず手始めに、物を浮かせる魔法を学んでもらうわ」

「そういえば、あの時もチントンシャンとかチンカラホイとか何とか唱えてたな。勉強は苦手だから、初歩の初歩から教えてくれよ。文字や数字を覚える時も、結構苦労した口なんだ」

「身構えなくて平気だって。机に(かじ)りつくお勉強ではなくて身体を動かして覚えるタイプだから、読み書き計算よりは楽しいと思うの」

「それなら良いけど。で、何を浮かせるんだ?」

「待って。魔法には、想像力(イマジネーション)が大事なんだから。たとえば、ここに青リンゴがあるとします」


 そう言って、ご主人さまはバッグから何かを取り出すフリをした。ズヴォネクさまは、何が出てくるのかと期待し、次いで何も持っていない手を凝視してから首を傾げた。


「なんにもないぜ?」

「これは仮定のお話。今、私の手に青リンゴを握っているものとして、そこから指の力を抜いたら青リンゴはどうなる?」

「そりゃあ、地面に青リンゴは落ちるさ」


 ズヴォネクさまの答えに満足したご主人さまは、壁に立て掛けておいた(ほうき)(またが)った状態で問い掛けた。


「じゃあ、次ね。私が呪文を唱えず、ただ単純にこのままジャンプしたら、私の身体は浮く? それともすぐに落ちる?」

「魔法を使わないなら、すぐ落ちるんじゃないのか? (ほうき)に仕掛けがあるなら別だけど」

「それじゃあ、試しに跳んでみるわね」


 言った通り、ご主人さまはその場で(ほうき)(また)いだままジャンプした。当たり前の話だが、単純に跳躍しただけでは空を飛ぶことは出来ない。着地してからご主人さまは(ほうき)から降り、再び壁に立て掛けた。


「はい、飛べませんでした。――今度は、ちょっと難しい問題ね。手を離せばリンゴは落ちるし、ジャンプしただけでは飛び上がり続けることが出来ないのに、どうして夜空の月や星は、地面に落っこちて来ないか分かる?」

「いきなり話が飛んだな。そうだな~、手を伸ばしても届かないほどすごく遠くにあるから、なかなか落ちて来ないのか、それとも、地面に落っこちるより、もっと強い力で浮かび上がってるのか……あーもう、わかんねえ!」


 ズヴォネクさまは、苛立ち紛れにワシャワシャと耳の裏あたりを()(むし)った。ご主人さまは、お姉さんぶって「あらあら」と言いながら、バッグから(くし)を取り出し、乱れた後ろ髪を整えてあげながら言った。


「ちょっと意地悪な質問だったかもね。私が言いたかったのは、地面が(ほうき)を下に引っ張る力以上の力で浮くイメージを持つことが、(ほうき)で空を飛ぶことで一番大切だってことなの。――最後に髪を洗ったのは、いつ?」

「なーんだ、そういうことか。考えてみれば、翼がある獣人共は、飛び上がる時、みんな地面に空気を(たた)きつけるように羽ばたいてるもんな。――我が家にシャンプーは無いと言ったら、不潔に感じるか?」

石鹸(せっけん)で洗ってるのね。どうりで(くし)通りが固いと思った。換毛期にブラッシングする時のスノウみたい」


 そこで僕の名前を出さないでいただきたい。話が脱線してばかりで、なかなかレッスンが進まないので、しばらく耳だけ澄ませて一休みさせていただこう。おやすみなさい。

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