第三十八話「密談と手紙」
エンゲルブレヒデさまとの話を終えてゲルハルトさまの家に戻った頃には、空に一番星が輝いていた。色々と重要な話をしたんだけど、要約すれば、護るばかりが伝統ではないということになる。
参考までに、別れ際に柱廊を歩きながら小声で話した内容を教えると、次の通り。
「レオナールさまが、御隠れになった陛下の兄君の御落胤だという推理は、正解ということですね?」
「ウム。あまり大きな声では言えないが、どうしても遠方の御用地では警護が手薄になりがちであるし、当時は兄君もお若かったということもある。解っているとは思うが……」
「他言無用なのでしょう? ご主人さまには、裏事情は隠したまま、うまいこと言っておきますから」
「頼んだよ。私も、それとなく若さまを誘導しておく。しかし、いくらお家柄は立派だとしても、魔女と親交を持つという前例はないのだが……」
「フフフ。純潔なる狩人の血筋を護るのも大事ですけど、少しくらい攻めてみるのも面白いと思いますよ?」
「やれやれ。空飛び猫に説得される日が来るとは。――ここを出て右へ曲がれば、道なりに進んだ先が広場に行き着く。気を付けて帰りなさい」
「お見送りありがとうございました」
*
「ねえ、スノウ。スノウったら!」
「はっ! おやおや、ご主人さま。どうかされましたか?」
「んもう、全然私の話を聞いてないんだから。パパから手紙が届いたから、お返事に何を書いたらいいかなって悩んでるのに」
頭も身体も動かした後に美味しい魚料理を食べたせいか、どうも眠くて仕方ない。しかし、以前に睡魔に負けそうになっていることを知られた時、手っ取り早くシャキッとさせてあげると言われて水を張った洗濯桶に放り込まれたことがあるため、以後はなるべく悟られないように我慢している。
「手紙の内容は、どういったものだったのですか?」
「なかなか私からの手紙が届かないから、慣れない街で厄介事に巻き込まれてるんじゃないかって心配してるみたいよ。パパは私が居なくて寂しいけど、パパが居なくて寂しくないかってことが書いてある。ママの方は、新しい毎日が楽しくて、手紙を出す約束を忘れてるだけだって思ってるみたいだけど」
「後者が正解ですね。他には何と?」
「えーっとね。可愛い可愛いベクちゃんに変な虫が付かないか気が気じゃないって言ったら、ママに愛想尽かされたって書いてある」
ベクちゃんというのは、ご主人さまの愛称。主にご主人さまのお父さまが使っている呼称で、レベッカだからベクなのだとか。
「溺愛というか子煩悩というか、それとも親馬鹿と言おうか。レオナールさまみたいな殿方に好かれることを警戒している様子ですね」
「それって褒めてるの?」
「ご想像にお任せします。それで、どこまで書けたのですか?」
「とりあえず、元気に暮らしてるから心配しないでってことと、魔女修業は順調だってことと、グレーテさんとは仲良くやってるから大丈夫ってことは書いた」
「なら、ズヴォネクさまのことを書き足してはいかがでしょう。お友達が出来たと知れば、お父さまも安心なさるのでは?」
「そうね。ゾラのことも書いておかなくちゃ」
そう言うと、ご主人さまは便箋にペンを走らせ始めた。
数分後、書き上げたご主人さまは、文章に誤字脱字衍字の類が無いか確かめたあと、便箋を鳥の形に折り曲げ、窓辺に立った。そして、出窓を開けると、水を掬う時のようにくっ付けた両手の掌の上に折り曲げた便箋を乗せ、囁くような声で詠唱した。
<樹炎城鋼氷、手紙よ伝書鳩になれ!>
詠唱を終えると、折り曲げられた便箋は、本物の鳥のように羽ばたき、星々が煌めく夜空へと飛び立っていった。
「さて。手紙も書き終えたし、早く寝なくちゃ」
「あの、ご主人さま。僕からも、ちょっとしたお話があるのですが」
「お話なら、明日の朝に聞いてあげる。オヤスミ!」
「……おやすみなさいませ」
窓を閉めるやいなや、一目散にベッドへ潜り込んでしまったので、僕は何も言うことが出来なかった。仕方ないから、続きは明朝に持ち越すことにしよう。




