第三話「湯加減」
髪をタオルでまとめ、膝丈のノースリーブのワンピース一枚になったご主人さまによって、浅くお湯を張ったバスタブに放り投げられた僕は、石鹸で泡立った海綿のボディースポンジで容赦なく丸洗いされた挙句、泡を落とすために降水魔法で霧雨状の水を浴びせられ、獣毛と羽根を乾かすために送風魔法で瞳や喉が渇くくらいの熱風を当てられた。
僕の毛並み羽並みは、例外なく頭の頂点から足先へ向かって流れているから、汚れが溜まることは少ないというのに、どうしてご主人さまは、揃いも揃って毎晩のように洗いたがるのだろう。
「よし! これでスノウが、いつものサイズに戻ったわ」
「僕は最初からこのサイズですよ、ご主人さま」
「ううん、違うわ。お湯に浸かったら、半分以上溶けて無くなってたもの」
ご主人さまは、僕の身体がゼラチンで出来てるとでも言いたいのだろうか? いや、そうではないな。きっと、濡れた獣毛や羽根が身体に張り付いて、見た目の体積が3分の1近くに減ることを指しているのだろう。
「僕のことは、これで良しとして。ご主人さまも、入浴を済ませてくださいな」
「はいはい。それじゃあ、また後でね」
言われなくても分かっているとばかりに、ご主人さまは手早く着替えやシャンプー類を小脇に抱え、一度こちらをチラッと確認してからカーテンを閉めた。
ご主人さまのシャワーシーンに期待したボーイズ&ジェントルマンには申し訳ないけれど、僕はオスの空飛び猫だから、うら若き乙女と一緒に入浴するような破廉恥な真似はしないよ。いくら主従関係にあるといっても、節度を守らなくちゃ信頼に関わるからね。
*
さてさて。
ご主人さまのリラックスタイムを邪魔するのも無粋だから、ゲルハルトさまの様子でも窺うことにしよう。
バスルームからキッチンへ移動すると、ちょうど水を張った鍋に生卵を入れているところだった。
「何か手伝えることはありますか?」
「あら、スノウちゃん。もう上がったの。ちゃんと温まった?」
「ええ、いいお湯でした。その卵、これから茹でるのですか?」
「そうよ。あっ、そうだ」
台に置いてある鍋に卵を入れ終わったゲルハルトさまは、その下にある口に薪を追加してから火掻き棒で火力を調整すると、熱源から遠ざかろうとしている僕に近付いてきた。
「レベッカちゃんは、黄身が固い方と柔らかい方、どっちが好きか判る?」
「ご主人さまは、黄身がトロトロのままくらい柔らかい方がお好きです。反対に茹で切って固くなっていると、食感がモソモソして嫌なのだとか」
「やっぱりね~。その辺の好みは、お従姉さん譲りだわ」
「ゲルハルトさまは、どちらがお好きなのですか?」
「あたし? あたしに食べ物の好き嫌いがあるかどうかは、わざわざ聞かなくても分かってるんじゃなくて?」
ああ、そうだった。ゲルハルトさまは、どうせ胃に収まれば同じだから、食べられれば何でも構わないっていうタイプだったな。忘れてた。
話題を転換すべく、僕は竈のもう一つの台に乗せてある鍋に視線を移しながら言った。
「そちらの鍋には、何が入っているのですか?」
「こっちは、クラムチャウダーよ」
「何のクラムチャウダーですか」
「カボチャがメインで、タマネギやアサリは入れてないから、スノウちゃんでも食べられるはずだよ」
「そうですか。充分に冷めたら、いただきます。――卵、もう宜しいのでは?」
「そうね。引き上げるわ」
タイル張りのシンクから水を張ったボウルを持ってくると、ゲルハルトさまはグツグツ沸いている鍋に手を入れ、平気な顔で卵をボウルに移していく。
僕にはもう見慣れてしまった光景だけれども、きっとご主人さまが見たら驚いてしまうに違いない。いくら半人半火鼠の獣人が生得的に熱に強いといっても、熱湯に指を突っ込んで火傷ひとつ負わないほど手の皮が厚いのは、ゲルハルトさまくらいのものだろう。
くれぐれも、良い子は真似しないように。




