第三十五話「飛べない獅子」
下へ、下へ、下へ。ガーゴイルが開けてくれた長いトンネルを抜けると、そこは雪国でも不思議の国でもなく、窓の無いダンジョンのような場所に辿り着いた。通って来た抜け穴は、石の床に着地した後すぐに塞がってしまい、背後と両サイドには煉瓦の壁が続き、壁面の一部には等間隔に窪みがあり、松明が灯されている。
その場に留まっていても無意味なので、ひとまず、唯一開けている前方へ進む。すると、4×4の正方形に区切られた石英の床板が並ぶ場所へ到達した。よく見ると、一番手前の一列四枚が夏の蛍のように仄かに光っている。床板は通路の幅いっぱいに設置されていて、その先には、以前にご主人さまが拾ったハンカチと同じ紋様が彫られた重厚そうな扉がある。
試しに床板を踏まずに向こう側まで飛んでみたが、扉は固く口を閉ざしたままで、取っ手を引こうが体当たりしようが開く気配が無い。どうやら、光る床板のクイズを解かなければ先へ進めない仕様になっているようだ。
部屋全体の仕組みが理解できたところで、僕は再び反対側へ飛び移った。
「左から白、赤、黄、黒か。これは、白が銀、赤が銅、黄が金、黒が鉄に対応しているのかな? 金があれば金を、ということだったから、黄色の石英板に乗れば正解だろうか?」
試しに黄色に光っている板に乗ってみた。しかし、うんともすんとも反応しない。
一度引き返してから、助走をつけて飛び乗ってみる。すると、今度は僅かに下へ沈んだ。もう少し体重を掛ければ作動しそうだ。
だが残念なことに、周囲を見渡してみても、重しとして使えそうな物は何もない。
「しょうがない。体力を消耗するからやりたくなかったけど、イヤイヤ言ってる場合じゃないか」
僕は再び石英板から降りると、小声で魔女魔術術式と三回言って滑舌を整えてから、噛まないように慎重に詠唱した。
<我は魔女と契りし従者なり。今ここに主人の魔力を借りて宣言す。樹炎城鋼氷、我に人の子の姿を与えよ!>
詠唱を終えると、僕の身体は羽ばたきもしないのにフワリと持ち上がり、竜巻のような七色の光の渦に巻かれた。
その光が収まる頃には、僕の身体は平均的な成人男子よりもひと回り大きな半人半獅子の獣人へと生まれ変わった。ご主人さまのような人間と違う点は、ライオンのような耳と鬣のようなボリュームある髪、先が筆先のようにフサフサした尻尾があるところだろう。
体格は筋肉質で、君たちの世界なら、どことなくベースボールのユニフォームが似合いそうな感じをいだくかもしれないな。でも、着ているのは時代掛かった従者らしい格好で、懐中時計を入れられそうなベストと乗馬でも出来そうなキュロットパンツを身に着けている。首輪に付属していた勾玉は、アスコットタイを留めるリングに変形している。
服を纏うなんて窮屈この上ないけど、この姿で裸になるわけにはいかないから、我慢我慢。
この身体、丈夫で力が強くなるというメリットはあるんだけど、その分、体重が何倍もに膨れ上がるから、もうちょっとスレンダーな身体にならないものかと思わないこともない。狭いところへ潜り込めないし、柔軟な動きが出来ないし、何より空を飛べないからね。
だけど、最初に契約したご主人さま曰く、元が空飛び猫の場合、どうしてもこのタイプになっちゃうんだってさ。小難しい言い方をすれば、トレードオフの関係なのさ。
さて。無駄話をしてないで、とっとと謎解きを終わらせてしまおう。
「僕の推理があっていれば、一列目は黄色が正解のはず」
右足を乗せて体重を掛けると、石英板が沈み込み、一列目の光が消えて二列目が光った。
その様を見た僕は、推理が正しかったという手応えを感じつつ、白黒赤黒に光る中から白色の石英板に左足を乗せた。これは、そうでなければ銀を、というヒントに基づくものだ。
乗せた左足を強く踏み込むと、一列目と同じように踏んだ石英板が下がり、光る列が二列目から三列目に切り替わった。三列目は赤一枚に黒三枚だったので、銀もなければ銅を、というヒントに従って赤く光っている石英板の上に乗った。
「よし。これで残すはあと一列だな。――あれれ?」
素っ頓狂な情けない声を出したのは、四列目は四枚とも黒一色だったので、この関門は楽勝だと高を括っていた気持ちを改める必要に迫られたからだ。
考えあぐねてふと上を見上げると、先端恐怖症なら失神するかもしれない光景が見えた。薄暗くて天辺付近は目視出来ないが、幾つもの鋭い槍先が金属光沢を放っているのが確認できたので、おそらく、不正解の板に踏み乗ると、石英を砕く勢いで槍の雨が降ってくるのだろう。
命が惜しいので、冷静に熟慮しようではないか。ここでキーワードの後半を思い出そう。
たしか「どれもなければ残りを選べ。ヒントは三つで、ボタンは四つ。宵は暁と等しい」とのことだったはずだ。
つまり、前半の法則が三つのヒントで、押すべきボタンは四つあり、最後の四つ目は最初と同じ場所にあるということなのだろう。もし、ここへ来たのが話を最後まで聞かない挑戦者だったら、この四枚目で串刺しになるに違いない。
「ということは、左から三枚目に乗ればいいのか。……合ってるよね?」
己の短期記憶に一抹の不安をいだきつつ、僕は三枚目の石英板に摺り足でゆっくりと片足を乗せ、深呼吸してから覚悟を決めて重心を移動させた。




