第三十四話「キーセンテンス」
主人の側を離れるなんて従者失格だというお叱りが飛んできそうだけど、この僕の行動には理由があるんだ。
パサージュを離れた僕は、最初にご主人さまが降り立った広場から城壁沿いに歩き、屈強な近衛兵の監視を掻い潜りつつ、目的の地点に辿り着いた。一見すると、硬質な煉瓦ブロックが堅牢に堆く積み上げられた城壁があるだけの場所に思えるんだけど、僕のお目当ては遥か上にある。
ここで君の記憶力をチェックするんだけど、雨の日にガーゴイルの話をしたのを覚えているかな? 覚えてるなら結構だけど、ひょっとしたら忘れてるかもしれないから、もう一回だけ簡単に説明するね。ガーゴイルっていうのは、壁を汚さない目的で屋根に据え付けられた彫像のこと。イメージとしては、ちょっと立派な雨樋だと想像してくれて構わない。大抵は魔獣を模していて、普通の人間や獣人には、ただの石像にしか見えない。
でも、僕はそんな彼らとお喋りすることが出来るんだ。まあ、見ててよ。
「そこの鷲鼻のお爺さん。迷える仔猫のこの僕を、正しく導いてくださいな。……耳が遠いのかな?」
冷たく城の外を見下ろしている鷲鼻のゴブリン型ガーゴイルに対し、僕は親しみを込めて呼び掛けた。でも、ちょっと距離があるのと、それなりに人通りがある場所だというのもあって、聞こえてなさそうな感じがする。仕方ないから、もう一回呼んでみよう。
「おーい! そこの尖り耳のお爺さん。聞こえてたら、返事してよ~。……ボケちゃってるのかな」
ガーゴイルの声は、近くを素通りしてる人たちの耳には届かないから、あんまり長居していると、壁に向かって話し掛ける不審者、いや不審猫として注目されてしまう。だから、他のガーゴイルを当たろうと壁に背中を向けて歩き出した。そしたら、背後から怒号が飛んできた。
『止まれ、そこの空飛び猫! お主の言葉は、ちゃーんと最初から聞こえておるわい。この儂を耄碌ジジイ扱いするでない』
「なーんだ。聞こえてるなら、早く応えてよ。意地悪だな」
『ふん、何を言うか。儂はただ、悪戯でないか見極めておっただけだ。して、ここへ何しに来た?』
やっと話を聞いてくれる姿勢になったので、僕はコホンと咳払いして用件を伝えた。
「こちらの若さまに、お話がありましてね。いささか込み入った内容なので、直接お会いしようかと」
『帰れ! 若君はドラ猫の戯言に耳を傾けられるほど、暇人ではないわ!』
「まあまあ、そう仰らず。これでも僕は、そこらの野良猫とはひと味違うんですよ?」
僕は首輪に付属している勾玉を、ガーゴイルによく見えるよう前足で掴んで掲げた。すると、お爺さんはギョロリとした両眼を鋭く光らせ、暫くまじまじと観察してから、勿体つけるように言った。
『ふむ。ひと目には地味だが、近頃では珍しくなった石だな。それなりに長く良家へ仕える身であると見受ける。まあ、よかろう。通りたまえ』
「有り難き幸せにございます。では」
城壁の一部に、僕がギリギリ通れそうな小さな空間が開いたので、感謝して中へ入ろうとしたら、再び呼び止められた。ただし、今度は怒気をはらんでいない。
『これこれ、待ちなさい! まだ、謎解きの鍵が残っとる』
「あっ、そうでした。今日の鍵は何ですか?」
『金があれば金を、そうでなければ銀を、銀もなければ銅を、どれもなければ残りを選べ。ヒントは三つで、ボタンは四つ。宵は暁と等しい。――以上だ。今度こそ、行ってよし』
「金があれば金を、そうでなければ銀を、銀もなければ銅を、どれもなければ残りを選べ。ヒントは三つで、ボタンは四つ。宵は暁と等しい。――なるほど。それでは、行ってまいります」
甘いんだか厳しいんだか分からないけど、とにかく僕は、こうして最初のセキュリティを突破することに成功した。




