第三十一話「カンカンゴーゴー」
発明家を名乗るだけあって、ガレージには計器類など種々雑多な物が所狭しと犇めき合っている。今、この瞬間に大地が揺れたなら、絶妙なバランスを保っている周囲の品々の均衡が崩れ、僕たちは木材と鉱石と金属の山に埋もれてしまう事だろう。
ただ、発明とは縁遠い僕の素人目には、単純にガラクタとしか言いようのない物が多いように見える。というか、九割方は到着初日に移動させた不用品とそれに類する物であるので、あながち間違った見方でもない。
しかし、レオナールさまにはダイヤモンドの原石がゴロゴロ転がっているように見えるという。実際、宝に化けそうな品物がまったく無い訳でもない。その一端を紹介すれば、例えば、羅針盤を応用した常に北を指す地図や、火薬を応用した非常用発煙灯、活版印刷術を応用した暗号作成機等がある。また、形にはなっていないものの、真空にした筒にボール状のカプセルを入れて地下をサイクロイド曲線で繋いで私信をやり取り出来る装置を考案中だというから、変人、もとい天才の頭の中は想像を遥かに超えている。
「今しがた、名誉棄損に該当する発言が聞こえたように思うのだが、何か言ったかね、ムシュー?」
「何も言っていませんよ、レオナールさま。空耳でしょう」
「ねえ、ルシアンさん。デコレーションって、こんな感じで良いの?」
「おやおや? マドマーゼルのセンスは、随分と独創的だね。常人には考え付かない発想の端緒を窺い知ることが出来そうだ」
「えへへ。材料が無駄になってなければ良いんだけど……」
「無駄になどなっていないさ。むしろ、僕が製造した無機質な生地が、マドマーゼルの豊かな発想力とマリアージュして、最高のビスキュイが仕上がりそうだ。あとは、この小麦の錬金術師にお任せあれ」
「わーい! 喜んでもらえてホッとした」
いやいやいや。巧言令色に騙されてはいけませんぞ、ご主人さま。満更でもない顔をしていますが、どう見ても、病気を患った時に脳裏に浮かぶ幻覚のような模様を量産されてますから。魔法を一切掛けていないのに、おおよそ食べ物とは思えない禍々しいオーラを放ってますから。ここまで美的センスに欠けていると、別の意味で才能ですから。
心の中で僕が総ツッコミを入れているとも知らず、ご主人さまは上機嫌である。そして、レオナールさまはレオナールさまで、無数のガラス管やらコイルやらが絡み合うように繋がれている鋼鉄製の箱の蓋を開け、その中に生地を載せた天板をセットすると、蓋を閉め、舵輪のようなハンドルを面舵いっぱいとばかりに右へ回転させ始めた。
すると、ガラス管が俄かに白く曇り出し、シュコーシュコーと一定のリズムで空気が押し出されるような機械音が立ちはじめた。言うまでもなく、先程ガレージの外まで聞こえてきた物音の正体は、この装置である。初めは小気味よいビートを刻んでいたが、徐々にアップテンポとなり、音の間隔が短くなるにつれ、比例してボリュームも大きくなっていく。
「このスチーム式オーブンは、改良型でね。博覧会で観た鉄の馬車を参考に、シリンダーの設計にひと工夫してあるんだ。その甲斐あって、ビスキュイが焼ける温度まで加圧できるようになったんだが、玉に瑕と言おうか、重大な欠点が一つある」
「えっ、お玉が何ですって?」
「玉に瑕と言ったんだよ、マドマーゼル。もの凄く五月蠅いだろう? この音が難点なんだ」
「何が三点って?」
すぐ横に立っているばかりか、レオナールさまが少しでも聞き取りやすいようにと腰を屈めて話しているというのに、ご主人さまは聞き間違いばかりを繰り返している。正直、鋭敏な耳を持つ僕としては、両耳とも伏せて前足で押さえてしまいたいくらいだ。まぁ、既に片方はそうしてるけれども。
……オッと。前置きが長くなったせいで、おしまいまで話せなかったね。でも、ひとまず、これで物音と香りの正体が分かっただろうから、一旦お話を区切らせてもらうよ。このあとに僕も巻き込まれたハプニングについては、また回を改めさせてもらおう。




