第二十六話「青天の霹靂」
今朝は、昨日とは打って変わって快晴そのもの。朝食の席には、ご主人さまとゲルハルトさま、そして早めに牛乳配達を終えたズヴォネクさまの姿がある。ダイニングにレオナールさまが居ないのは、汽車旅の疲れが残っているからと言って、早々に二階へ上がってしまったからだ。おそらく、ベッドで休んでいることだろう。
ゲルハルトさまは、こんがりキャラメル色に焼けたライ麦ロールパンをテーブル中央のバスケットに追加しつつ、ズヴォネクさまに昨夜のことを説明している。ズヴォネクさまが一緒に朝食を摂っているのは、ゲルハルトさまがレオナールさまについて簡単に話しておきたいと考えたからだ。空腹を抱えた状態では、ゆっくり話を聞く気になれないからね。
「そういう訳だから、ルシアンを見かけても不審がらないであげてちょうだい」
「分かったよ。でも、向こうから嫌味を言われたり喧嘩を吹っ掛けられたりしたら、さすがに黙ってられないからな」
そう言いながら、ズヴォネクさまはロールパンにバターナイフで穴を開け、その中にクランベリージャムを詰めてから大きく口を開けて齧りついた。だが、少々ジャムを詰め込み過ぎたのと、口いっぱいに頬張り過ぎたのとで、唇の端にパン屑とジャムが付いてしまっている。ご主人さまは、レタスサラダを食べようとしたフォークをいったん皿の上に置くと、口の端を指差しながら言った。
「言い返すのは結構だけど、手は出さないようにしてね、ゾラ。――ここ、ジャムが付いてる」
「じゃあ、回し蹴りか踵落としだな。――取れたか、レベッカ?」
ズヴォネクさまは、親指の腹でピッピッと口の端を払ったが、あいにく左右が逆である。
「足でも駄目よ。――そっちじゃない。取ってあげるから、こっちを向いてじっとしてて」
ご主人さまはテーブルの上にあったナフキンを手にすると、それを三角に折り、ズヴォネクさまの口元を角で拭った。ズヴォネクさまは、ご主人さまに御礼を言いつつ、二口目を齧りつこうとした手を止め、一度パンの大きさを確認してから、一口目より控えめに口に入れた。
「はい、キレイになったわ」
「ありがとな。――それで、そのルシアンって野郎は、今どこに居るんだ?」
「二階で寝てるわよ。夜行性を自称するくらいだから、お昼くらいになったら起きてくるんじゃないかしら。宵っ張りの朝寝坊なんて、遠縁の親戚でなきゃ預からないんだけどさ。ああ今夜から、またランプオイルの減りが激しくなるわ」
ゲルハルトさまは、茹で卵の殻にナイフの背を当ててヒビを入れながら、溜め息混じりに言った。
*
それからしばらくして、食後の紅茶も冷めた頃のこと。
そろそろ次の仕事に向かわなければならないズヴォネクさまが席を立とうとした、まさしくその時。路地側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ゾラ! ゾラ! たいへん! たいへん!」
幼児期特有の甲高い声に、今朝は切羽詰まった様子が加わっている。まるで穏やかな青空に一閃の稲妻が走ったかのようなその明らかに非常事態を知らせる声音に反応して、僕たちは急いで路地側の出入り口へと駆け込んだ。




