第二十三話「宵の綺羅星」
比較的直線に伸びるパサージュと違って、路地は曲がりくねっているため、カーブの度に向こうから人や荷車が通らないか確かめないといけないし、道幅も狭いので、すれ違う際は左右ギリギリに避けなければならない。加えて雨上がりということもあり、石畳の敷かれた街道や日当たり良好なパサージュと違って、路地は所々に泥濘や水溜まりが出来ている。
水捌けの良さはスラム街に近付くほど悪くなり、ズヴォネクさまも僕も、何度もご主人さまに足元に注意するよう呼び掛けている。背負っている形のズヴォネクさまと違って、ご主人さまは身体の前に抱きかかえる形を取っていて、すぐ目の前が見えにくい体勢だからだ。
ちなみに僕は、大荷物を抱えた通行人に踏まれるのも、泥濘や水溜まりに足を取られて汚れるのも真っ平御免なので、ご主人さまとズヴォネクさまの頭上を飛んでついて行っている。
「あっ、ゾラが帰って来た!」
「ホントだ。ニーナとノーラもいるぞ」
「ねぇねぇ、一緒にいるのは、このあいだの魔女と空飛び猫じゃない?」
「違いないわ」
屋根瓦や煉瓦の欠けた古い家々が犇めき合っているエリアに足を踏み入れると、どこからともなく子供たちが駆け寄って来た。急に賑やかになったせいか、それともホームグラウンドに帰って来たと分かったからなのか、ネレム姉妹が揃って目を覚ましたので、ご主人さまもズヴォネクさまも、二人を地面へ下ろした。
それから、そのまま往来に立っていては「どこから来たの?」だの「今日は箒に乗らないの?」だのといった子供たちからの質問攻めに遭い続けてしまうので、ひとまずズヴォネクさまの家にお邪魔することになった。
ズヴォネクさまの住まいは、年季の入った小さな二階建ての集合住宅を独自に改装したもので、一階には別の世帯が住んでいるそうだ。辛うじて台所関係や暖炉は備わっているが、バスルームは一階にしかなく、三人は二日置きに公衆浴場へ通っているらしい。間取りは二部屋で、竈とテーブルがあるダイニングキッチンと、暖炉とソファーベッドがあるリビングに分かれている。エントランスはダイニングキッチン側にあり、リビング側にはベランダもある。平面の広さ的には過不足ないはずだが、窓が少ないのと天井が低いのとで、どこか圧迫感を覚える。
「そこ、バケツがあるから気を付けてくれ」
「どうして、こんなところにバケツを置いてるの?」
「それはね~、あめがたくさんふったからだよ!」
「ほらほら、あそこらへんがぬれてるでしょ?」
姉妹が指差す先を見ると、たしかに天井の一部が黒ずんでいて、今朝の雨露で濡れてしまったことが見てとれる。ズヴォネクさまは「便利屋を呼んで修理してもらっても、直した部分とは別のところから漏るんだ」と嫌悪感をあらわにしているが、姉妹は「ピチピチポタポタおもしろかったよね~」といった調子で雨漏りすること自体を楽しんでいたようだ。
ご主人さまがダイニングで姉妹と雑談している間、ズヴォネクさまは時折ベランダから下の様子を伺っていたが、三回目でようやく納得した顔をした。
「……よし。さっきのガキ共は居なくなったぞ。途中まで送ってくるから、お前たちは大人しく留守番してろ」
「えー、もうかえっちゃうの」
「おとまりすればいいのに」
「馬鹿なことを言うな。このボロ家のどこに、レベッカが寝るスペースがあるっていうんだ。それより、飯を奢ってもらった礼を言え」
「とってもおいしかったよ」
「またいっしょに、ごはんたべようね」
「そうね。私も楽しかったわ。グレーテさんにも伝えておくわね」
こうして、姦しい夕べは幕引きとなり、僕たちは一番星が出始めるくらい薄暗くなってきた街を駆け抜け、急いでゲルハルト邸へと戻った。




