第二十一話「およばれ」
イバルロンドさまが立ち去った後からドーナツが完売するまで、それほど時間を要さなかった。ゲルハルトさま曰く、今日のように朝からシトシトと雨が降り続く日は、いつもなら売れ残りが多く出てしまうらしいので、昨夜に仕込んだ生地を夕方までにすべて揚げきることになるとは想定していなかったようだ。いい意味で予想を裏切った形だね。
ご主人さまも、ゲルハルトさまに褒められて嬉しかったのか、店の後片付けを手伝いながら「ドーナツを猫の形にしたらもっと人気になるかも」なんて新商品開発のアイデアを口にしている。色んなことに興味を持つのは良いことだけど、そのままドーナツ店を開業しようとすることだけは勘弁してくれよ。あくまで魔女修業で来たんだからね。
あと余談だけど、ご主人さまは美術的センスに優れているとは言えないので、僕を見ながら絵筆を走らせても、猫とも鳥ともつかない動物が描き上がるんだ。ミドルスクール生だった頃に、スケッチのモデルになったことがあるけど、先生はご主人さまの絵が何を描いたものか当てられなかったんだ。
「こんばんは! ゾラさまがやってきたぜ!」
後片付けを終え、そろそろバスルームに連行されるかもしれないと危惧していた頃合いに、路地側から元気な声が聞こえてきた。どうやら、今日はドーナツがたくさん余っているだろうと期待しながらやってきた様子だ。しかし、前述の通り、今日のドーナツは全種見事にソールドアウトしてしまっているため、それを知ったズヴォネクさまは、口では「無いなら仕方ない」と諦めつつも、耳と尻尾は力なく垂れ下がっているので、相当落ち込んでいるようだ。
わかりやすい変化を見せたズヴォネクさまを気の毒に思ったのか、それとも単純に機嫌がいいだけなのか定かではないが、ゲルハルトさまが一つの提案をした。
「元々、今晩は多めにディナーを作るつもりだったのよ。良かったら、食べていきなさい」
「うーん、気持ちは有難いけど、家でチビ共が腹を空かせて待ってるからなぁ」
「あら、連れて来ても構わないわよ。――良いわよね、レベッカちゃん?」
「ええ、もちろん。テーブルを囲む人数が多い方が、賑やかで楽しいもの」
ゲルハルトさまとご主人さまはウェルカムモードだが、ズヴォネクさまは渋い顔をし、首を捻って悩んでいる。きっと、幼いお転婆少女たちを連れてきた場合に起こりうるであろう事態を、脳内であれこれ想定しているのだろう。
「良いのかなぁ。あいつら、あたし以上に遠慮も礼儀も知らないから、料理を食い尽くしたり、暴れ回ったりするかもしれないんだが……」
「平気、平気。ここにはレベッカちゃんやスノウちゃんもいるし、それに、案外いつもと違う場所だと、仔羊のように大人しくなるかもしれないじゃない」
「そうよ、ゾラ。私も一緒に、おチビちゃんたちの相手をしてあげるから。ねっ?」
「羊じゃなくて狐だけど。まっ、そういうことなら、世話になることにするよ。だけど、本当に凄まじいからな。覚悟しておけよ?」
「決まりね。それじゃあ、張り切ってお料理を作らなくちゃ。レベッカちゃんも手伝って」
「はーい! ――じゃあね、ゾラ」
「おう。そんじゃ、あたしはチビ共を連れてくるとするか。またあとでな!」
そう言って、ズヴォネクさまは路地を駆け出して行った。
このあと、ご主人さまはズヴォネクさまの指示に従い、豆の筋を取ったり、茹でた卵の殻を剥いたり、鍋に水を張ってお湯を沸かしたりといった簡単な作業を手伝った。
僕は、テーブルいっぱいに料理が並んでいく様子を窓辺の小さな花瓶の横に鎮座して見守りながら、これから来るであろうゲストのこと、それから、今夜にも帰ってくるかもしれないというミトンの使用主について思考を巡らせた。




